姫路モノレールは高度成長期にわずか8年だけ運行された交通機関です。今でも姫路モノレールの痕跡は多く残っています。そしてそれは、姫路城とならぶ姫路
の名物にもなっています。
路線は 姫路−大将軍−手柄山 のわずか2駅間、1.6kmでした。

手柄山駅の駅舎があったあたりから姫路市内を望む。中央やや右寄りにモノレールの軌道が残るのがわかる。中央やや上部を横切る高架が山陽新幹線で、その向
こうに大将軍駅が、左上には姫路城が見える。

暗くてわかりにくいが、黄色い工事用車両の奥に今でも残るモノレール車両が見える。

大将軍駅。高層住宅の下層部が駅だった。利用者が少なく、開業後まもなく休止された。
駅の跡にはホテルが入居していたがすでに閉店。高架下にはモノレールがあったころから営業しているサウナがある。
<姫路モノレール 年表>
昭和40年4月 姫路市が丸紅飯田と工事契約
昭和40年7月 モノレール着工
昭和41年4月3日 姫路博開幕。モノレールも開通予定だったが、用地買収の遅れや天候不順の影響で完成が遅れる。
昭和41年5月14日 運輸大臣から営業運転の認可下りる。
昭和41年5月17日 開業記念式典。正午過ぎから営業運転開始。15分毎のダイヤ。
昭和41年6月末頃? 姫路博閉幕。
昭和41年10月頃 大将軍駅上部の公団住宅完成。
昭和42年4月頃? モノレール推進派の石見元秀市長が落選。財政再建派の吉田豊信市長に交替。
昭和42年8月 輸送成績不振につき「姫路モノレール対策審議会」が設置される。
昭和43年1月31日 大将軍駅の営業休止の届出(実際の休止は昭和42年中か?)
昭和43年5月頃? 15分毎の運行を20分毎の運行に減便。
昭和49年3月28日 姫路市議会経済企業常任委員会で、日本共産党を除く全員の賛成により姫路市営モノレールの休止を可決。
昭和49年4月9日〜10日 無料さよなら運転実施。
昭和49年4月11日 運行休止
昭和54年1月26日 姫路市営モノレール廃止の届出。
平成元年 手柄山駅駅舎を解体し「緑の相談所」を設置。
平成16年 大将軍駅跡で営業していた「ホテルニューキャッスル」が営業休止。
<運賃>
姫路〜手柄山 100円 姫路〜大将軍30円 大将軍〜姫路100円 (小児半額、10円未満切り上げ)
<開業時の姫路市の石見市長コメント>
「私の構想としては、将来市民の認識が高まれば路線を飾磨まで延長、さらに海岸線を東西に走らせる。また名古山-手柄-姫路城と結ぶお城一周のコースをつ
くりたい。必要があれば裏日本まで延ばすことも考えている。経営も姫路市だけでなく私鉄などの協力を求め第三の交通機関として完ぺきを期したい。」
参考文献 神戸新聞(昭和41年5月17日夕刊、昭和49年3月29日) 朝日新聞神戸版(昭和49年4月11日) 雑誌「モノレール」「鉄道ピクトリ
アル」
参考サイト 麗しの姫路モノレール
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