ペンタックス6×7のこと


2005.05.19
記憶や記録には無縁なので調べてみましたら
1969年発売と分かりました。

当時なじみのカメラ店の主人から連絡がありまして
ぼくにぴったりのカメラが出た、というのです。
その頃には鉄道写真熱が嵩じてマミヤプレススーパー23
なんてカメラを振り回しておりまして、それに比べれば
主人の言うとおり、中判としては機動力に優れた
ぴったりのカメラだったかもしれません。
しかし蒸気機関車に稼ぎの全てを注ぎ込んだ
プアマンに簡単に買える代物ではありません。
「支払いは毎月いくらでもええから・・もう仕入れたから・・」
おいおい、
こちらの意思には無関係のまま
ごっついカメラが届けられました。
35ミリ一眼レフをそのまんま尺度を2倍にして作ったようなもの。
でかい、重い、静かな場所ではためらうほどのシャッター音。
その音が、いつしか快感?となってゆきました。
それまでのブローニーフィルムを使ったカメラでは考えられない
フィルム一本を1列車で撮りきるほどの速写性。
たしかにカメラ店の主人に偽りはありませんでした。
ぼくぴったりというより中判で鉄道写真を撮るならぴったり。
時代が変わった今でも、線路脇にはこれの進化型が大活躍、
と思います(鉄道写真引退後、現状は未確認)
中判では画期的なシャッター速度1/1000
フォーカルプレーンシャッターならではのスペックです。
その代り、シンクロスピードは1/30(多分)

その頃大好きな線区、山陰本線京都−福知山に
梅小路機関区のC57達が活躍しておりました。
中でも一番若いナンバーのC57の5号機は大好きでした。
カメラのボディナンバーを読んでみてください。
しーー57−5
イエイ!
威風堂々のスケール
となりのSPがおもちゃのようです



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