
所在地・・・大阪市城東区今福南2-13-31
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天照皇大神(あまてらすおおみかみ)をお祭りした神社で、このあたりの氏神様です。平安時代の終わり頃、摂津の国今福村が開発された時、この神社ができたと伝えられています。 |
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後醍醐天皇の頃(南北朝時代)日蓮宗が盛んになり、三十番神が祭られ、三十番神社と呼ばれていましたが、1868年(明治元年)、皇大神宮と名前が変わりました。昔は、この神社あたりは小高い丘で、大正の終わり頃まで榎(えのき)の老大木が数本残っていたそうです。「村の鎮守さん」のイメージ通り、年始参りから成人式、節分の厄よけ、七五三、集会場では政治家の講演会まで、ありとあらゆる行事をこなします。中でも夏の祭り(7月21日〜22日)と秋の祭り(10月21日〜22日)の時は、「だんじり」が出て、それはそれは立派なローカル色です。
ご利益は?といえば、私自身あるんじゃないかなと思います。数年前厄年のお払いをしてもらったのですが、別の所でお払いしたり何もしなかった友人どもが、相次いで事故やケガにさいなまれている中、私一人元気でした。だだの偶然なのでしょうが・・。
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| 皇大神宮内で何やら意味ありげな石柱、以前は三郷橋(今の派出所の場所)のたもとに立っていました。 情報によりますと、ここには「樋」という水門があり農業用水の確保や増水時の水流調整を行っていた様です。 この「樋」は非常に重要なもので、石柱は「樋」を近郊36の村で共同管理していたという証です。 |
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