馬鹿の増殖 2007.12.11

“ちゃん”付けは<アカハラ>… 山梨大教授が減給処分

12月1日配信 スポーツ報知

山梨大(甲府市)は30日までに、女子学生を“ちゃん”付で呼び不快に感じさせたのはアカデミックハラスメント(アカハラ)に当たるとして、同大大学院医学工学総合研究部の50代の男性教授を減給1万704円(1回)の懲戒処分にした。
山梨大広報グループでは“本学では基本的に受け手が不利益と感じた場合は、たとえ教授が親しみを込めたつもりでも、教授が学生に対して行うアカデミックハラスメント(アカハラ)と判断する”といい、教授の地位を利用した嫌がらせと判断した。

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アカハラって、イモリかよ(冷笑) いちいち何でもかんでも省略するなっ つーの。山梨大学の偏差値がどの程度なのか 筆者には興味がないが、この程度の学生が通っているのだから、大したことはないのだろう。
我が国の最高学府でこのようなデタラメが行われるとはにわかには信じがたい暴挙である。このようなまともな判断のできないDQNがうようよしている憂えるべき現状に我々はいったいどう対処すべきなのか? 筆者が危険だな と感じるのは、この物の見方・考え方のありようが、戦時中に思想犯を取り締まった際の官憲・司直の方便となんら変わらない点なのだ。

本来、弱者救済の方法論だったはずのハラスメントという概念は、ここにきて結局、ゆうたもん勝ち の様相を呈しており、逆に被告側に有効な防御の方法が学ばれていない。これでは結局、従来あった構造が逆立ちしたにすぎないのである。ハラスメント関連の記事を読んでいつも感じるのは、こうした居心地の悪さである。
被害者の言い分を無批判に受け入れていくことは、弱者救済における必要十分条件なのかもしれないが、同時にそれは諸刃の剣でもある。本件のようなケースが堂々と認められてしまうと、最終的には、チラっ と見た というだけで、ハラスメントと判断されかねない。しかしもっと大きな問題は、客観性がないだけに、それが悪用しやすいということである。

これまで笑い話で終わっていた行為が、“心のありよう” という客観性の全くない根拠によって、ある時から突然、断罪対象となる可能性があるのだ。これはあまりにも不条理である。従ってそういった事象に法律が踏み込むことは、本来あってはいけないことだし、そもそも法律理論はそういったケースを回避してきた。
例えば、この場合のように “ちゃん”づけで呼ぶことが客観的に見てどうであるか? ということは、逆説的に過ぎるが、主観的に判断するしかないのである。この50代の男性教授が、
福山雅治演じるところのガリレオ先生の様に若くてカッコ良かったら、こういう問題は発生しただろうか? こういう考察自体、ハラスメント的ではあるのだが、明らかに結果は違っていたと思う。
ま、そもそも、筆者は女性を“ちゃん”づけで呼んだことはかつて一度もないし、またそうする気もさらさら起らないので、この教授の意図がどこにあったとしても、バカな奴だな という思いしかないのではあるが。

“やはり女性には<さん>、男性には<くん>がふさわしい” という山梨大広報グループの回答もバカとしか言いようがない。<くん>はもともと上から目線で相手を呼ぶ時に使うのだ。だから目上の男性には<さん>だし、目下の女性には<くん>なのだ。筆者の嫌いな女性上司など、立場の違いを明確にするために、わざわざ予め断った上で、ええおっさんを<くん>づけで呼んでいたし、ある腰の低い役員などは新入社員に対してでも<さん>を使っていた。
結局、こうしたことは、その人間の意図がどこにあるか でしかないし、その心のありようを推測するくらい無意味なこともないのである。また、その時々で七色に変わる“常識の範囲”といった言葉も全く意味をなさないのだ。

キチガイによる女の子児童殺傷事件が頻発する昨今、“知らない人についていってはいけません” は金科玉条になってはいるが、なんだかなぁ〜 という感じが免れない。そもそもそうした世知辛い世の中を作ってしまった原因は、地域の持つ自浄能力の低下なのだ。お互いが気を使いあって、安全や道徳を補填するといった村社会的なあり方が、成文法による杓子定規なルール至上主義にとって代わられた瞬間から、凶悪事件は野に放たれたのである。ハラスメント被害ではなく、ハラスメント冤罪が多発しそうな今日このごろではある。

本来の原稿はここで終わりだったのだが、驚くべきことにこのトピックスには続きがある。筆者が懸念していた通り、このケースではハラスメントという概念が悪用されたのであった。
ただ、幸いなことにこの教授、筆者がにらんだ通りのバカな奴ではあった。しかし、このケース、つまんない小説よりよっぽど面白れえぞ!!

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女子学生「ちゃん」づけ解雇… 裏にちゃんとしたワケ 業を煮やした学生らの内紛劇

12月5日配信 ZAKZAK

大学側は、“意図は何であれ、学生が不快に感じたらハラスメント”と容赦なく断じたものの、同僚教授や職員からも“そんな理由で懲戒などありえない”といった疑問の声が相次いでいる。聞き取り調査は14回にもおよび、異例の処分決定には約1年も要した。

“これは完全に<別件>。こんな理由だけで、国立大学長が処分を発令するはずないでしょう。該当の教授は、4年前から様々な問題行動が指摘されましたが、証拠や証言がそろい、本人も認める<罪状>がこれしかなかったということ。理事会は別の理由で、もっと厳しい処分を出すことも検討していました”
理事によると、教授への“疑惑”は、(1)研究費として学生が受給した経費を還元させる“資金流用”(2)研究室所属の大学院生が博士号を取得していないにもかかわらず、取得したとする推薦状を企業に提出し、就職実績を優位にしようとした“公文書偽造”(3)常に威圧的で、学生を小ばかにした口調で指導する“アカハラ”があった。

今回の処分は、これらの悪行に業を煮やした一部の学生が、女性を低くみる“ちゃん”づけを嫌がっていた女子学生を突破口に、教授追放を企てた“学生vs教授”の内紛劇とみられている。聞き取り調査には研究室の学生全員が参加したが、最終的に教授非難派と擁護派に分裂。双方の妥協点が“ちゃん”による処分だった。

 

 

 

 

 

 

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