「平成プロレスの新たなる地平/猪木・天龍 東京ドーム決戦とは何だったのか?」
’94年1月4日 東京ドーム
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平成6年1月4日、東京ドーム「’94
BATTLE FIELD IN
闘強導夢」で行われたアントニオ猪木と天龍源一郎の特別試合は15分56秒、天龍の放ったパワーボムがスタミナ切れの猪木の後頭部を直撃、猪木がシングル マッチにおいて実に5年ぶりのフォール負けを喫した。
当初、猪木側はKO・ギヴ アップのみの完全決着(格闘技戦)ルールを主張、一方の天龍側は通常のプロレス ルールを主張し、ルール問題をめぐって双方膠着状態に陥ったが、ついに決戦当日、猪木側が折れる結果となりプロレス ルールによる調印式がとり行われたのである。
猪木は何故、これほど完全決着(格闘技戦)ルールにこだわったのだろう? プロレスと格闘技は別のモノなのか? 猪木はかつてプロレスこそが地上最強の格闘技であると証明するため数々の異種格闘技戦を行ったのではなかったか?
こうした疑問を考察してみると、我々は来るべき平成プロレスの原型に行き当たるのである。
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猪木が完全決着(格闘技戦)ルールにこだわった理由は至極、簡単だ。現時点での猪木の肉体的条件では、いわゆる過激なプロレス(命名は村松 私、プロレスの味方です 友視)に耐えられないからである。かつて「こんなプロレスをやっていたら、10年もつ選手生命が1年で終わってしまうかもしれない」と、いみじくも猪木自身が語った”こんなプロレス”とは、”相手の力を8まで引き上げて10の力で倒す”というものである。
プロレスとは、もともと観客に見せることを前提にしたプロスポーツであるから、華やかで格好よくスカッとした見所がたっぷり入っている必要がある。過激なプロレスは、この興行的な要求を100パーセント満たすために作り上げられたプロレスの型の一つであり、それが言葉通り過激か否か? という点はまた別の問題になる。
猪木によって風車の論理(つまり、風=技 を受ければ受ける程、風車はよく回るという比喩)と名付けられたこの過激なプロレスは、相手の技を徹底的に受けて見せる(引き上げられた)ディフェンス技術と相手の攻撃力(8までの力)を上回るオフェンス技術(10の力で倒す)という二つの柱から成り立っている。
格闘技で一般に言われるディフェンスとは、相手の技をいかに受けないか? ということに尽きるが、過激なプロレスで言うディフェンスとは、
(1)敢えて相手の技を受けながらも、そのダメージを最小限にくいとめる技術:
マットに落ちるあるいは倒れる角度、技を受ける位置やタイミング、ちょっとした体重の移動等、ミクロ単位の微妙な技術を結集したもの
(2)スタミナ:何時間も動き回れるスタミナという意味ではなく、一発をもらってから、できる限り短時間の間で反撃に移るためのスタミナから成り立っている。
思えば、スタン・ハンセンのウエスタン ラリアットを胸を突き出して真正面から受け止めたのは、後にも先にも猪木唯一人。猪木は過激なプロレス式ディフェンスの達人だったのだ。そして、超一線級のフィニッシュ ホールドを徹底的に受けまくる猪木の鬼気迫る姿は過激なプロレスに言葉通りの意味を与えたのである。
一方、猪木が使うフィニッシュ ホールドは以下のような3点に集約できる。
(1)鍛えられない脊椎・経椎部への攻撃:スープレックス系の技、延髄斬り、等
(2)相手の意表を衝く攻撃:アリ キック、ナックル パート等、寛水流空手をルーツとする打撃系の技
(3)体格差が一切問題にならない関節の直接破壊:ゴッチ経由の裏技としてのサブミッション
これは、相手の攻撃力を上回るオフェンス技術という意味では非常に説得力が強い。猪木のオフェンス技術はプロレスよりむしろ新格闘技に近いものだ。
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一流レスラーならある程度のブランクがあっても、オフェンス技術に関しては感さえ戻ればなんとかなる。しかし、ディフェンス技術、ことにそれが過激なプロレスにおけるディフェンスともなれば、不断のトレーニングによって肉体を最高の状態にしておかなければどうしようもない。猪木自身の言葉を借りれば「痛みとの勝負」ということにもなる。
つまり、この時点で猪木に出来る戦い方は、過激なプロレスからディフェンスの側面を取り除いた(つまり相手の攻撃を一切受けない)=キラー猪木(命名は井上義啓週刊ファイト元編集長)しかなかった。
猪木が完全決着(格闘技戦)ルールにこだわったのは、もはや現在のコンディションでは過激なプロレスができないという事実に加え、カーニヴァルの様に派手な技が飛び交う華麗なる猪木プロレスに期待して集まったファンに、”この特別試合はプロレスにはならない”ことを強く意識させるための配慮だったのである。
実際、この特別試合、前半の天龍がチョーク スリーパーで失神に追い込まれるまでは緊張感漂う異種格闘技戦、対して猪木がたった一発のパワーボムでフォールされてしまう後半はプロレス、しかもプロレスとしては世紀の大凡戦であった。
それにしても毎度のことながら、こうした自らの弱点を逆に話題性として利用してしまう猪木の興行師としてのセンスには、本当に頭が下がる。
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試合前、”闘魂Vスペシャル”のインタヴューで、「今はプロレスが隆盛で、こうして何万人ものお客さんが集まることは一頃昔では考えられないことだったし、それはそれでありがたいと思っている。しかし、逆にそのぬるま湯的状況に甘えて、お客さんに迎合するプロレスをやってしまってはいけない。ブームじゃなかった頃は、そっぽを向いているお客の首ねっこをひっつかんででも、こちらに向かせるくらいの気持ちがあったし、その意味でより広範囲にマニアックなファンを取り込んでいく… そのためにも、さらに過激な方向性(プロレスの持つ胡散臭さを嫌って、UWF系4派あるいは新格闘技に流れてしまったファンを取り戻すということだろう。ここでの過激という言葉は言辞通りに使われている 筆者注)を打ち出していく必要がある。レスラーとは何か? プロレスとは何か? という問いかけの中で、敢えて困難な道を選ぶべきなのだ」といった意味のことを猪木は言っていたように思う。
現在、リング内外で注目を集めるUWF系4派。新格闘プロレスとでも言うべきそのルーツが猪木の行った一連の異種格闘技戦であることは論を待たない。
その証拠に、異種格闘技戦での猪木の戦い方に注目してみると、プロレスでのそれとは全く異なることに気づくはずだ。ここにあるのは、相手の攻撃を敢えて受けてみせる過激なプロレスではなく、相手の攻撃を一切受けないキラー猪木のプロレスである。しかし、それは攻撃のタイミングがプロレスとは根本的に違う(つまり受けにくい)、また一発もらったらそれで終わりといったニュアンスの異種格闘技戦では、極めて当然のことなのだ。いかな猪木にしても異種格闘技に対する過激なプロレス式ディフェンスを編み出すのは不可能だった。
異種格闘技戦とは厳密に言えば”プロレスVS.異種格闘技”ではなく”プロレスの技術を身につけた一格闘家・猪木寛至VS.プロレス以外の格闘技を身につけた一選手”なのである。これを限りなくプロレスに近い形で見せられたのは、猪木一流のプロレス センスにほかならない(その意味でUWF系4派の見せる試合は、その全てがプロレスをベースにした格闘家達による異種格闘技戦であると言えるだろう)。
猪木自身、現在の新格闘プロレスのルーツとしての自負は当然あるだろう。おそらく、現在、最も強く意識しているのは、秒殺という全く新しいプロレス ジャンルを創り出したパンクラスに違いない。
「アメリカでは筋肉マン タイプのレスラーはもう下火になっていて… やはり技という部分でしっかりしたものを見せないと。グレイシー柔術なんていうもののビデオも見たんですが、かつて自分達のやってきたことがアメリカでああいう形で出て来ることで、再評価され… テーズ・ゴッチ・力道山といった先達の遺伝子を次代に受け渡すことが、今年の私のテーマでもあるし…」
前出のインタヴューでの猪木のコメントであるが、それは同時に”パンクラス スタイルすら猪木プロレスの一部分に過ぎない”との強烈な自己主張でもあった。
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現在、行われているプロレスは、程度の差こそあれ過激なプロレスの系譜上に存在しており、脱プロレスの方向性を打ち出す新格闘プロレスの流れもまた、そのルーツはキラー猪木のプロレスなのである。結局、現在のプロレス界は、猪木プロレスのヴァリエーションによって成り立っているということになる。
そして、1月4日・東京ドームでの特別試合で、猪木はその両方のベクトルを一つの試合の中で描いてみせたのだ。あの試合、パンクラス ルールなら文句なしに猪木の勝ち、過激なプロレスなら天龍の勝ちである。しかし、僕たち観客が本当に知りたいのは、セメントになった場合、一番強いのは誰か? ということであり、その意味では、猪木は負けていない。
しかも、過激なプロレスが唯一、引きずっていた最後のナンセンス(悪癖)=常勝のエース という昭和プロレス的常識すら取り除いてしまった。猪木は自分が天龍にフォールされることと引き換えに、ついに過激なプロレスの最終型を完成させたのである。まさに天才的としか言いようがない。
※付記 <平成プロレスの図式>
猪木プロレス=過激なプロレス=現在の一般的プロレス(全日本・WAR・FMW、等)
過激なプロレス−相手の技を徹底的に受けて見せるディフェンス技術=相手の攻撃力を上回るオフェンス技術
=キラー猪木のプロレス=新格闘プロレス(パンクラス・リングス・UWFインター・WMW、等)