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12/14 大阪府立体育館 新日本プロレス The 2nd. Judgement!

新日G1タッグ優勝チームvs全日代表チーム

ワクワクしないタッグ頂上決戦

 全試合とも30分一本勝負、佐々木健介・蝶野正洋の両巨頭がタッグとは言え第1試合からいきなり激突という具合に、PPVの都合が最優先された大会であった。こういうご時世に、この程度のカードで客席がほぼ満員というのも考えモノなのだが、ここで観客が望んでいるのは、プロレスの試合を見るということよりも、何か大きなイヴェントに参加しているということへの満足感である。そして同時に新日本ファンであるという鼻持ちならないブランド意識である。逆にこうした客層の大きな変化が、今の新日本にとって追い風になっているのだろうことも容易に理解される。
 メインイベントの時間切れ引き分けは、30分一本勝負という時点でミエミエ。スタミナに勝る川田・渕コンビに30分やりさえすればOKという意識で試合を組み立てられては、勝ちにいった永田・飯塚コンビは報われない。勝ちに行く時のスタミナ配分と引分けを狙ってのそれは全く違うものであり、全日本コンビにマンマと逃げ切られてしまったという感じだった。試合自体はどうしようもない大凡戦というわけでもないので、まだ救いがあるが2大メジャーの激突と言う割に役者が助演クラスでは、ワクワクした高揚感もピリピリした緊張感もないのだ。
 西村vs中西はスタイルの違う者同志の好勝負で、西村のムーヴは延髄斬りを主武器にする前の猪木を彷彿させるクラシカルなものであり、一方の中西は、ブルーノ・サンマルチノといったかつてのWWWF系怪力レスラーの系譜上のものである。このカードこそ昭和プロレスの甦れ金曜午後8時なのだ。ところが、こうした好勝負がトイレ タイムになってしまう今の観客層には、相当根の深い問題がある。早急に本物を見極められる眼力を持ったファンを養っておかないと、ジャンルそのものが致命的損傷をこうむる可能性が有る。

12/19 記

9/24 ディファ有明 大仁田厚と邪道一家の興行

ベースに強さのないプロレス

 ぴあで“大仁田厚と邪道一家興行”のチケットを買った。“大仁田厚なんですが”と言うと、“あ〜 はい、はい”と言う感じで、何の質問もなく、ごくごく普通に受け付けてくれた。一頃昔ならプロレスの興行だと説明するだけでも、結構、時間を要したものである。大仁田って本当にポピュラーになったと痛感した次第…
 しかし、逆に大仁田厚が市民権を得れば得る程、プロレスの本質からは遠ざかっている気もする。ベースに強さのないプロレスというのは、やっぱりキツイというのが正直な感想であって、何だかこれではテレビのヴァラエティと変わらんなぁと… すべてが予定調和的であり、“何が起こるか、全部分かる”今の大仁田興行は、下手すると『水戸黄門』や『フーテンの寅さん』よりタチが悪い。
 試合が終わると我先にとリング サイドに殺到するファン。そしてペット ボトルの水を噴き上げながらの大仁田のアジーテーションが延々と続く。もうマイク アピールも完全なマンネリで、毎回同じことを繰り返しているだけ。状況的には5年前の引退ツアーの時と変わらないが、それでも当時はまだ大仁田厚そのものに求心力があった。今はもう見事なまでに噛み合っていない。だいたいテレビ タレントがプロレスをやっても説得力がないのだ。
 昨日今日ファンになった連中は、そうした無内容なバカ騒ぎすら喜んでいるみたいだが、こんなのはタダの子供だましだ。妙にオミズ系のオネーちゃんが多いのも気になる。否定的態度を認めないような変に宗教じみた雰囲気も感心しない。結局、見る目のないファンがバカ騒ぎする場所を求めていて、なんとなくこれでいいんだというムードを作り出している。
 紆余曲折を経て長州戦にたどり着いた大仁田をかなり評価していただけに、この空振りは効いたナァ… これでは長州に勝てるはずもないと妙に納得した。

9/28 

7/30 新日本プロレス 横浜アリーナ大会 長州力 復活 邪道終焉 長州力vs大仁田厚

ノーロープ有刺鉄線電流爆破デスマッチ 時間無制限無制限一本勝負

長州力<レフェリーストップ 7分46秒>大仁田厚

天の采配 大仁田に味方せず!!

(週刊ファイト 00年8月31日1679号掲載分改稿)

 対戦要求から実に1年8カ月。物事の移り変わりが激しい昨今、実現するのにこれだけの時間を要した試合は近来、稀であり、その実現の過程こそ、一つのドラマとして十分に機能した。
 この間、大仁田は佐々木健介、蝶野正洋、グレート・ムタ(武藤敬司)という新日本を代表するレスラーと対戦し、曲りなりにも(本当に曲りなりにも、だが(笑))これらの刺客達を撃破してきた(そうかぁ?)。テレビ朝日の真鍋アナウンサーとの大仁田劇場は、視聴率にも貢献し、新日本よりむしろテレビ朝日が大仁田の商品価値を高く評価したのである。
 しかし最後の最後で天は大仁田を見放し、試合は世紀の大凡戦に堕した。数日前の自主興行で大仁田は肋骨を骨折。 これまでの大仁田と新日本との一連の抗争において、その見所は大仁田の入場シーンだけ(!)と言っても良いくらい、大仁田のフィジカル コンディションは落ちていた。万全の状態でも大仁田に勝ち目はなかった(FMWはその草創期、大仁田と来栖の抗争で人気を博したが、その後、新日本のリングに上がった来栖は長州のリキラリアット数発でKOされたのだ)が、これで100%、試合そのものの意味が消滅してしまったのである。そして、この失われた意味を回復させる方法は唯一つ。大仁田の土俵である電流爆破しかなかった。
 花道の大仁田にペット ボトルなどゴミの山が投げられる。と、同時に大仁田コールも凄い。歓声とブーイングが交錯する大歓迎である。持参したパイプ椅子に座り、うまそうにタバコをふかし、ゆっくりと煙を噴き出すと、律儀に携帯灰皿にタバコを入れて、リングに一礼。ついに大仁田がリング イン。
 余談だが、FMWの選手がリングに上がる際、リングに向かって一礼する仕草が、筆者はけっこう好きである。
 ところがリング インしてからの大仁田は、胸の前でずっとTシャツをつかんだままうつむいていて、その様はまるで死刑執行を待つ受刑者という印象さえ受けた。これまでの1年8ヶ月を反芻しているのだろうか? 熱烈な大仁田信者にしてみれば、試合前の大仁田のそんな風情にはまるで見覚えがなかった。少なくとも大仁田は静かな中にも内なる闘志というタイプではない。
 それは例えば、‘94年の春、ターザン後藤とのタッグでWAR両国国技館大会に乗り込み、天龍・原の龍原砲と雌雄を決した時とは全く違っていた。この時も筆者は東京まで密航したのだが、今思い出しても、まさに土俵に放された2匹の闘犬という印象で、お互いの睨み合い、罵り合いのテンションが物凄かったのである。

 そして、ついに長州力のテーマ「パワー フォール」が横浜アリーナに響き渡った。さっきの大仁田コールを完全に上回る長州コールが起こる。この場合、どちらのファンということではなく、場内の1万8千人超満員札止めのお客全員が、この世紀の一戦に酔いしれ、合唱している感じだった。
 長州は大仁田とは全く対照的に小走りに花道を駈け抜け、あっと言う間に有刺鉄線の前まで来た。1秒でも早く終わらせよう、というような感じだ。手には4月に事故死した福田雅一の遺影。そして、一瞬、戸惑うような仕草を見せ、一番下の有刺鉄線をくぐって、リング イン。世紀の一戦はもう間もなくだ!
 しかし、すでに引退した選手とセミリタイア状態の二人の選手の試合が、1万8千人もの観客を集めるという事実に、現役の選手達は猛省するべきだろう。これだけのカリズマ性を発散する選手が平成のリングにはいないという事実を。
 試合は長州の一方的なペースとなった。大仁田はまるで罰を受けているかの様に、あまりにも無抵抗なのである。
 普通、回るとか、走るとかすると思うのだが… と言うのも大仁田邪道プロレスの本質は走ることによって、混乱を引き起こすことなのだ。ところが、ゴングが鳴っても胸の前でTシャツをつかんでうつむいたまま、大仁田は微動だにしない。長州はあっというまに間を詰め、大仁田を引き倒し、首を締める。
 実は筆者は、大仁田が自分のTシャツを引き裂いて、それで長州の首を締めるのだと思っていたのである。だから、本当に何もしない大仁田に驚いたのだ。そこから長州は大仁田を有刺鉄線にいきなり振った。早い! 通常、電流爆破マッチとはいえ、これだけの大一番の場合、まずはグランド主体のレスリングになるものだ。それは実はこの試合形式が、ロープ ワークを封印したUWF系の試合の組み立てを強要するからである。
 あっと言う間に一回目の爆発! さらに長州は情け容赦無く大仁田をボディ スラムでロープに叩きつける。大仁田の腕が有刺鉄線でパックリ裂け、爆発で皮膚が黒く変色している。
 開始、わずか数分で2面が爆発。物凄い火花と煙、さらに爆発音。しかし、ガンダムやエヴァンゲリオンのようなロボット アニメの無敵の主人公のごとく長州は、白煙の中から何事も無かったかのように、ぬっ!! と褐色の姿を現わす。直撃ではないにしろ、ショート タイツだけの現役当時と同じ格好なのだ。熱さや痛み、等を感じないのだろうか?
 ここから長州の殴る蹴るを中心とした叩き潰しのプロレスが展開する。大仁田が4発の反則急所攻撃から、まったく滞空時間のない出来損ないのDDO。大仁田の攻撃らしい攻撃は、何と後にも先にもこれだけだった。長州は大仁田にヘッド ロックを決められたまま、もろとも有刺鉄線に突っ込んだが、ここでも直撃は大仁田。表情すら変えない長州の動きは、まったく止まらない。
 サソリ固めを決められた大仁田が、目の前の有刺鉄線をつかんで自ら被爆。長州の技から逃れた。これこそこの試合最大の見所、邪道魂爆発の一瞬だった。大仁田は自分のやっていること100%理解していた。しかし、さらに長州が大仁田をロープに振って最後の爆破。結局、4面の電流爆破のすべてが大仁田を直撃した。
 コーナーの長州が大仁田を挑発して呼びこんだ上で、カウンターのラリアット。さらに有刺鉄線の調子を確かめ、何と有刺鉄線でリバウンド(!)をとってのラリアットをはさみ、サソリ固めからレフェリー ストップでジ エンド… 試合時間は8分弱。結果だけを取れば長州の完勝であった。
 しかし、皮肉なことにこれは、長州にまったく余裕がなかったという事実をも示している。長州が大仁田を電流爆破に振った瞬間、長州の完敗は確定したと言っていい。長州は基本的には、大仁田に一切付き合わず5回の直撃被爆はすべて大仁田であった。そして大方の予想に反し、長州はこの電流爆破のリングの仕組(大きな爆発は1面、1回だけ。電流は爆発が起きる時だけ流れるのであって、試合中ずっと流れているわけではない。といったようなこと)を熟知していたのだ。
 しかも展開されたのは、長州が常々、否定していたプロ格まがいの試合だった。まさにキラー猪木ならぬキラー長州だったのである。筆者としては、長州には是非とも猪木イズム・風車の理論プロレスをして欲しかったし、それが大仁田への礼儀でもあると思う。実際、長州には100%負ける要素がなかったのだから、6しかない相手の実力を8まで引き上げ、それを10の力で倒すと言う猪木プロレスの奥義を見せるべきだった。
 しかし、実際には勝負勘や受けに回った際のスタミナ等々に不安があったと思うし、だからこそ結局は、一方的な“叩き潰しのプロレス”を選ばざるを得なかったのだ。それは猪木がキラー化していったのと同じ理由であり、かつてUWFインターとの対抗戦で安生に見せた“叩き潰しのプロレス”とは、内容も意味合いもまったく違っていた。
 長州が被爆し、大仁田のフィニッシュ ホールドの数々が長州に炸裂して、それでもなお、それらを受け切った上で勝つという横綱相撲を見せてこそ、長州が大仁田戦を戦う意味もあったと思うのである。
 FMW時代の大仁田は、格下の相手と戦う場合、十中八九自分が先に被爆した。大仁田が相手を先に有刺鉄線に振ったのは、筆者の知る限り、天龍戦と引退試合のハヤブサ戦だけだ。いみじくも、蝶野が指摘したように、大仁田は長州に電流爆破を体験させたくなかったのかもしれない。
 猪木が大仁田を異常に忌み嫌うのは、大仁田が全日本出身のレスラーだからではなく、馬場の弟子にもかかわらず猪木イズムを最も体現しているレスラーだからだ。
 しかも、大仁田は最後までギヴ アップしていない。5回もの被爆を考えれば、リングの上で動いていたこと自体脅威的だし、フィニッシュ直前まで大仁田の目は決して死んでいなかった。プロレス ファンたる者、ここから何かを学ばなければ、嘘だろう。
 解説者席の蝶野がいみじくも語ったように、これをプロレスと呼ぶのは間違いなのかもしれない。これは長州と大仁田の人間力の真向勝負であり、真の敗者は存在しなかった。長州をリングに上げたという点だけでも、大仁田は最大級に評価されるべきであり、試合後の長州のコメントもまたそれに尽きたのである。
 

8/19 記

日刊スポーツ バトル ニュースより拝借5/26 東京ドーム コロシアム2000 ヒクソン・グレイシーvs船木誠勝

特別ルール1R15分 無制限ラウンド

ヒクソン・グレイシー<チョークスリーパーTKO 1R 11分46秒>船木誠勝

まるで5年前のヴァーリトゥード戦

 船木が「ヨガがどうのこうの…」言い出した辺りから、結構、やばいナァと筆者は思っていた。実際に「それが有効かどうか?」という判断以前に、「おいおい、これって完全にヒクソンのペースじゃん!」って。
 それにプロレス ファンとしては、ヒクソンの土俵で闘うのではなく、プロレス独自の闘いでヒクソンと渡り合って欲しいという思いがある。ヒクソンに怒涛のラリアットを決め、ブレーン バスターで止めを刺すプロレスラーはいないのか?
 VTは“何でもあり”と訳されているが、実際にはモチロン“何でもあり”とは程遠く、明らかにグレイシー柔術がその本領を発揮するのに最も有利なルールだ。特にヒクソンの場合、さらに試行錯誤を重ねながら、自分にとって不利な項目(山本宣戦での大苦戦を教訓にそれ以降の試合ではロープをつかんだら即反則・今回はタックルに失敗してコーナーにつまった際、無防備な脊髄への攻撃を警戒してヒジや頭突きは反則といった具合)はどんどん削除していった。テクニックはルールに沿って進化し、タクティクスはルールに沿って立てられる。グレイシー サイドが試合前のルール ミーティングに神経質になるのは、必勝を期す以上、当然のことである。彼らの場合、敗北はすぐさま道場経営にはね帰ってくるのだから。
 しかし決戦直前までもめたエルボーと頭突きであるが、船木が試合でヒジや頭突きを有効活用しているシーンなど、少なくとも筆者は見たことないわけで、実際にはこのルール問題、不毛な感じがした。
 TV中継を前提としたヒクソンの主張は、さすがは放映料を利益としてカウントしているグレイシー サイドならではの見解と思われたが、「残酷性を回避するため」という主張にしては、この試合でのヒクソンのマウント パンチは十分、残酷だったと思う。ま、ホイラー、ヘンゾ、ホイスとグレイシー一族が総倒れ状態で、ヒクソンが最後の砦となったため、確実に勝ちに来たと言うことなのだろう。ただ、いわゆる奥義には程遠い内容だったとは思うが。
 筆者は船木が一番強かったのは、ボクシングのディフェンス技術を駆使してロベルト・デュランの石の拳をことごとくかわしてみせた異種格闘技戦から前田日明をしてUWF解散は失敗だったと言わしめたモーリス・スミス戦あたりまでではなかったかと思う。
 あの石の拳の高速アッパーをスウェーでかわして、接近戦に持ちこんだ技術と高田を一撃でKOした掌打があれば、よもやヒクソンに遅れを取ることなど考えられなかったが、実際には船木に具体的な何らの作戦も感じられないうちに負けてしまった。だいたい船木はフィニッシュ ホールドとして何を狙っていたのか? 今となっては皆目検討がつかない。
 入場シーンでの悟りきった坊主の様な静かな表情にも却って不安を覚えたが、もともと船木には青白い炎のイメージがあり、悪い予感は打ち消すよう努めたのだったが…
 ヒクソンのオフェンスの技術はパンチにしてもキックにしても一撃必殺には程遠く、本格の空手家やキック ボクサーと比べればかなり落ちることは否めない。圧倒的なのは、やはりグランドで相手をコントロールする技術だ。スタンドのヒクソンは恐くない。やはり彼は平均点70点の総合格闘家である。
 その意味でも船木の勝機は、エイリアン ムーヴに入ったヒクソンを蹴りまくるところから、業を煮やしたヒクソンが立ち上がってくる際のホンの一瞬だったはずだが、結局、船木は実にあっさりとヒクソンを立たせてしまった…
 しかし、ヒクソンのマウントとはそんなに凄いのだろうか? 初めてマウント ポジションを体験した選手ならいざ知らず、すでに我々はそれに対してガード ポジションが存在することを知っている。にもかかわらず、下になった船木は本当に蛇ににらまれた蛙のように何も出来なかった(後日談によれば、この時点で足を亜脱臼していたらしい)。かつて船木はグランドでの打撃について、「下から撃つ方が決まりやすい」とまで話していた時期があるくらいなのに… だ。
 ヒクソンの“つかむ力と引きつける力”のモノ凄さは想像に難くない。また、汗を計算し、最も滑りにくいグローブの手首の部分をつかんで交叉させ、マウント パンチを放つやり口は、確かに百戦錬磨のヒクソンならではのものだ。
 実際、グランドでヒクソンが船木の上になり、セコンドに時間を確認しているところからは、まるで高田戦のヴィデオを見ているかのようだった。教科書通りのチョーク スリーパーとはいえ、高田戦の時のように腕ひしぎでなかった点がまだ救いだったかもしれない。
 しかし、TV東京のスタッフのカメラ ワークのまずさは抜群である。(試合中の無神経なCFの挿入もまた素晴らしいセンスのなさであるが… )何と言っても、決まり手となったチョーク スリーパーに入る瞬間が放送されなかったというのは致命的だ。船木が唯一、ヒクソンを傷つけた顔面パンチにしても、デタラメなカメラ ワークでよく分からなかった。
 また見る目の無い素人ゲストも興醒めである。この前のPRIDEも酷かったが、つたない感想で試合の実況を妨げるくらいなら、黙っている方がマシというものだ。今回は実況もメチャクチャで、明らかに絞め落されている船木を指して「落ちていない! まだ目は死んでいない!」と絶叫。こういうのを贔屓の引き倒しと言う。
 ヒクソンにしてみれば今回も楽な商売だったとは思うが、勝てる相手としか闘わないというのは、ある意味、相手の能力を推し量る格闘センスが抜群ということであり、凄いことではある。この鉄則を守る限り、ヒクソンはライト ヘヴィ級では無敵であろう。
 船木が落ちて、チョーク スリーパーを解いたヒクソンが「このヤロ、さっさと、どけっ」て感じで船木のオシリを蹴っ飛ばしたシーンに、ヒクソンの予想外の苦戦を見て取ったのは筆者だけではあるまい。後日談になるが、ヒクソンは船木のパンチで左目の下を骨折していたそうだ。確かに、あのパンチ以降、ヒクソンが珍しく感情的になっていたよう見えた。マウント パンチが、いかにも制裁めいて見えたのもそのせいだろう。

6/10 記

4/7 東京ドーム 橋本真也34歳 小川直也に負けたら即引退! スペシャル 小川直也vs橋本真也

究極衝撃 〜FINAL IMPACT(時間無制限1本勝負) 小川 直也<KO 15分9橋本 真也終盤は左手一本で戦った小川の胴締めスリーパー

橋本の誤算、新日本プロレスの誤算、猪木の大誤算

 小川と橋本の5度目の激突は、引退を賭けて挑んだ橋本の執念実らず、僅差で小川の勝利に終った。
 橋本の引退を番組の目玉にし、ふざけているとしか思えない惹句(上記サブタイトル〜オーちゃんのHPの「不定期日記」には“テレビのテロップは、「ウッチャンナンチャンのこれが出来たら100万円」に似ていて少々気になるけど・・・”と書かれていた(笑))で煽ったテレ朝のやり方は決して誉められたものではないが、改変期の難しい番組編成の中、イチ選手の引退にそこまでの商品価値を認めてもらえたという点で、橋本の努力は報われたと言っていいだろう。
 しかし、ゴールデンタイムの生中継という栄誉は、大量の一般視聴者を巻き込んでしまったため、不透明でアバウトなプロレス村の価値観が通用しないという問題も抱え込んでしまった。
 その意味で橋本の引退は、猪木の目指した“プロレス市民権”(朝毎読の三大紙のスポーツ欄に載り、NHKのニュースで報道される)獲得の最後のチャンスかもしれない。
 それに、“大仁田厚”の引退に関する新日本の選手の発言を考えれば、もはやイイワケはできまい。
 橋本の生い立ちや奥さんへのインタビューなどを交えた二人の対戦ストーリーは、完全に橋本ベビー フェイス、小川ヒールとして編集されていて、初めて彼らの戦いを見る一見さん視聴者に偏った先入観を植え付けるお涙頂戴っぽい演出全開で、筆者は反感を覚えた。これは橋本に対しても失礼だと思う。どこまでいっても小川はプロレス界を侵食する外敵として位置付けられており、猪木の最後の弟子・“燃える闘魂”の正当伝承者である側面が完全に脱落しているのだ。
 レフェリー権限が時として体力に勝るレスラーの暴挙によって、簡単に無視される現状、村上の乱入はむしろファイン プレーと捉えるべきであろう(グローブを外した橋本の手は、バンテージでガチガチに固められており、これは本来、レフェリーがチェックするべき場面)。試合続行がレフェリングより優先されてしまうと、時として取り返しのつかない凡ミスがリング上で起こる。例えば今年の全日本プロレスのチャンピオン カーニヴァルで起きた秋山の7秒秒殺劇にしても、試合開始権限のない選手の要請でゴングが鳴らされてしまったことに一番の原因があるのであって、あれは本当の意味でのアクシデントみたいなものだ。
 ところで、この試合でのグローブに関する規定はどうなっていたのだろう? そもそもこの試合のルールはどうなっていたのだろう? 格闘技戦ルールだったのだろうか? いわゆるカウンテッド アウトを認めていたのだろうか?
 さて今回の試合では、蹴り足をつかまれた挙げ句、軸足を払われてしりもちをついてしまったり、場外花道でDDTをくらった時等々、弱々しい小川がかなりのシーンで目に付き、一方、橋本は攻撃・防御を含め手数でも完全に圧倒していた。プロレスラーとしての訓練をしていない小川にとって、頚椎を直接、破壊するDDTや倒れた瞬間を狙ってくる打撃技はウィーク ポイントだったはずなのだ。
 そして、橋本が誘った小川のSTOを、DDTできり返した瞬間こそ、この試合最大のハイライトであり、ここからジャンピング エルボー、アーム バーへとつないだたたみかけは、いわゆる橋本の必殺パターンだった(後日談になるが、あのエルボーで脱臼した肩がアーム バーで偶然戻ったというのは、まさに小川の強運を物語っていると思う)。
両者の勝敗を分けたのはSTOとDDTの破壊力の差でしかなかった 橋本最大の誤算は、やはり中途半端な肉体改造にあったのだと思わざるを得ない。体重こそ橋本最大の武器であり、肉体改造でそれを手放した瞬間、橋本の技はもはや破壊王のそれではなくなっていたのだ。小川が橋本のフィニッシュ ホールドを凌げたのは、そのためである。結局、両者の勝敗を分けたのはSTOとDDTの破壊力の差でしかなかった。終盤、小川が繰り出した技は、STOしかなかったが、それを食らった時点から、橋本の動きはみるみる落ちていったのである。
 ドームにいる9割以上の観客は橋本を応援しており、ムードは完全に橋本だった。そんな状況で勝ちを収めた小川の精神力は本当に凄まじい。やはりオリンピックという大舞台で、すべての観客を敵に回して戦って来た経験が生かされているのだろう。そして実際に戦いながら相手の作戦に瞬時にアジャストしていく応用力もまた一級品だ。
 プロレス界は仲良しこよしで、閉じた環境の中、お人好しのファンの前で試合をしているから、レスラー自身、精神的な部分がもろい。それが証拠に、ファンからは「引退するな!!」という声が圧倒的だ。このような甘えがプロ格と相対した時、スキをつかれる原因になっているのではないか? とも思う(例えば、高田伸彦の度重なる醜態はその最たるものである)。
  引退を賭けてまで挑んだ橋本の心情は察するに余りあるが、やはりここで橋本は引退するべきではないだろうか? プロレスは記録よりも記憶に訴えるスペクテイター スポーツであるがゆえに、橋本の負ったイメージ ダウンは想像以上に大きいと思うのだ。

4/20 記

1/4 東京ドーム スペシャルマッチ 小川直也・村山一成vs橋本真也・飯塚高史橋本がプロレス ルールを利して勝利を収めた

ストロングスタイル・ミレニアム(60分1本勝負)
○飯塚 高史
橋本 真也
{ 2分24秒
無効試合
再試合
8分59秒
裸絞め
} 村上 一成×
小川 直也

フランケンシュタインの憂鬱(週刊ファイト 2000年2月3日 1649号掲載)

 「これは試合じゃなく戦(いくさ)」という橋本のコメントがふるっている。だったらなおさらのこと飯塚がKOされた(なんと3分弱!)時点で、試合は終わっているはずだろう。 スタミナ面に問題のある村上にしてみれば、まさに最初の数分間に勝負をかけるしかないのだから、どう見てもUFO組の作戦勝ちである。
 分からないのは、飯塚を除けば全員が同じようなプロ格スタイルにも関わらず、橋本組がやると「殴る蹴るのケンカプロレス!!」と絶賛され、小川組がやると「汚い手使いやがって正々堂々とやれ!!」と批判されることである。 特に新日ファンにはキックに対するアレルギーがいまだに強く、それでやられた飯塚を不問にするというのは、あまりにも身勝手ではないか?
 分からないのは、試合が終わってもいないのに、やたらセコンドが乱入してくることである。UFO側にはセコンドがいないのだから、これでは単なる数を頼んでのイジメだ。筆者はこういうところに新日本の勘違いした奢りを見てしまう。特に今回、中西と安田は、見ていて最高に不愉快だった。
 そして、またもやノーコンテスト。セコンドの乱入がなければ、決着がついていたのだから、これは規制事実のもみ消しである。乱入の時点で新日本の反則負けにするのが正しい。正に歴史は繰り返すというところか。これでは昨年のドームとまったく同じパターンだ。
 分からないのは、この試合のルールである。タッチもしていないのに選手が交代している。リングから出ただけで選手が交代できるなんてまるでルチャじゃないか。
 プロレスの興行的観点から見て、橋本と小川が一回も絡まないというのはマズイとの判断から「試合続行!」。これは正に猪木のプロモーター的な感覚のなせるワザであろう。
 すべての答えは、橋本のリヴェンジを最優先に試合が動いていたということなのだ。 後は、タッグマッチというプロレス独特の試合形式において、橋本・飯塚組に一日の長があったというだけである。
 今の猪木はまるで人造人間を作ってそれに復讐されるフランケンシュタイン博士だ。小川は新日本全体を相手に出来るほどの怪物に成長した。小川の扱いに一番困っているのは、他ならぬ猪木自身ではないだろうか(苦笑)

1/18 記

 

 

 

 

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