メヌエットシリーズ 第3弾

イチバン大切ナ人ノ幸セノタメニボクガ出来ル事・・・

Gift




※第4話からこのお話は第3者視点となっています

 翌日の昼過ぎ

 リビングで里佳子が小さなボストンバッグに衣類を詰め込んで帰り支度をしている時に、突然佳奈がやっ
てきた。

「・・・帰るんだってね・・・」
「・・・ええ」

 二日前とは打って変わって、佳奈はひどく落ち着いた様子だった。さりげなく里佳子の側まで歩み寄ってく
ると、何も云わず脇にあった里佳子の衣類を自分もたたんでいく。

「翔に聞いた・・・あんたが翔に歩を預けた訳」
「そう・・・」

 小さい頃からずっと変わっていない。この同年の幼なじみ2人は、未だにお互いの秘密を共有しあって、精
神的に支えあってもいるのだ。

「あんたのした事をあたしは許せた訳じゃない・・・理解出来た訳でもない・・・ただね、あんたにも、たった1
つだけ感謝したい事があって・・・」
「佳奈・・・」

 ふと手を止めて、里佳子は佳奈を見た。

「ありがとね・・・翔から歩を取り上げないでくれて・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
「翔はね・・・歩が居ないと駄目なの・・・ううん、堀内にとっても同じ・・・あの3人は本当の家族みたいなもの
だから・・・」
「あんたはいいの?」
「え?」
「翔の事・・・ずっと好きだったんじゃないの?」
「そうね・・・」

 里佳子の視線をまともに受けていた佳奈が、急に力が抜けたみたいにフッと笑った。

「好きだったわ、ずっと・・・ううん、今でも翔の事は大好きよ、あたし・・・でもね、あんたの場合と同じで、あた
しのこの気持ちもやっぱり恋愛感情とは違うの・・・なんか弟を見ているような感じかな・・・あたしを頼りにし
て欲しいし、あたしもそんな翔の事をしっかりと護ってあげたい・・・女が男に抱くにはおかしな気持ちかもし
れないけど、あたしはそんな気持ちを持ってずっと翔の事を見守ってきた。まあ、いい加減、あたしも翔離れ
しなくちゃいけないんだけどね」

 そう云って、少しはにかむように笑う。

「おかしな姉妹だよね、私達って・・・翔みたいにあんな良い子が生れた時からずっと側に居たのに、どっちも
その生涯の伴侶にはなれなかった。幼なじみなんて、あんまり近しい関係に居すぎたせいかな・・・愛情が
変な具合に捻じ曲がっちゃって、恋愛とは全く違うおかしなものになっちゃった・・・一方は、翔の事をこれ以
上にはないぐらいにまで深く傷付けちゃうし、もう一方は構いすぎるほど翔に構ってしまう・・・ホント、おかし
な姉妹だよね・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
「ねぇ、姉さん」
「!?」
「1つだけお願いがあるんだけど、聞いてくれるかな?」
「?」











「おい、あゆ、まだ怒っているのかよっ」
「別に」
「今日は翔ちゃん、学校に来るの?」

 歩の席の側に寄ってきた菜津が、歩にそう尋ねた。

「ううん、今日はカケ、お仕事でどうしてもお休み出来ないからって・・・代わりに多分トシが来ると思う」
「ゲッ、マジ〜」

 実はここだけの話、奈津は堀内の事が苦手なのである。

「菜津ん家のおばさんは?今日は来られるの?」
「うーん、ウチも店やっているからなあー。暇だったら来るだろうけど、ウチも多分、実果子姉さんが来るんじ
ゃないかな」

 実果子というのは、菜津と12も歳が離れた新庄家の長姉である。新庄家は、実果子を筆頭に女2人男1
人の3人姉弟で、菜津はその姉弟の一番末にあたる。

「仕方ないよなー、俺達の為に働いているんじゃ」
「そうだね」

 保育園育ちのせいか、お互いこういう事には結構慣れきっている。

「お、もう気の早い母ちゃん達が来ているぞ」

 菜津が顎で示す先を歩も見遣る。いかにもお母さんといった優しい雰囲気の女性達が数人、廊下の窓枠
の側に立ち並んで談笑していた。

「いいなあ、みんな若い母ちゃんで・・・俺んトコなんか、めっちゃ年食っていて恥ずかしいもん」
「菜津んトコのおばさん、まだみんなのお母さんに負けないほど若くて綺麗だよ。あゆ、菜津んトコのおばさ
ん、大好きだもん」
「俺だって・・・翔ちゃん、男にしておくのはもったいないほどの美人だし、翔ちゃんの事は大好きだよ」

 あまり大きな声で云える事ではないが、菜津の初恋の相手は翔でもある。女が強い家系に生まれ育った
せいか、小さい頃から女性に対しての嫌悪感が拭えなかった菜津は、幼少の時に出会った歩の父親である
翔にずっと密かな憧れを抱き続けていたのだ。

「へへへ・・・」
「へへ・・・」

 お互いの肉親を褒めあって、2人で苦笑いする。そのうち

「あ、トシだ」

 教室の窓越しに廊下を見ていた歩が、目敏く、教室の数メートル先をゆったりとした足取りで歩く堀内の姿
を見つけた。仕事の途中で抜け出してきたのか、ばっちりとスーツ姿が決まった堀内は、それだけでも随分
と絵になる。堀内がその歩みを一歩一歩進める度に、周囲の主婦達から羨望と感嘆の溜息が漏れた。

 その堀内が、自分を見つめている歩の姿に気付く。堀内と目が合ってはにかんだように笑う歩に対して、
堀内は小さく手を上げて応えた。

『まあ、草薙くんのお父さんだったのね』
『随分とお若く見えるけれども、学生結婚でもされたのかしら?』
『あら、でも、草薙くんのご家庭って、確か父子家庭だったんじゃ・・・』
『まあ、あの若さで?・・・それはお気の毒に・・・』

 周囲の口性ない主婦達が、横目で堀内の方をちらちらと見ては、何事かひそひそと囁きあっている。

(全く・・・無神経な奴らだな・・・全部丸聞こえだっつうの)

 主婦という生き物の習性であろうか。他人の醜聞や噂話には驚くほど耳聡い。まあ、彼女達もそうやって
刺激の少ない日常の憂さをさりげなく晴らしているのであろうが・・・

(翔にはあんまり聞かせたくない話だよな・・・)

 男手1つで歩を育てて6年・・・周囲の人間から吐かれる心無い言葉や好奇の目にも随分と慣れきってし
まっている翔ではあるが、やはり不用意に傷付けられる事は避けたい。自分はまだ翔当人ではないだけ
に、その攻撃もやんわりと打ち返す事が出来る。

「・・・・・・・・・・・・」

 ふと、その集団の中のとある主婦とばっちり目が合ってしまった堀内は、親愛の情を浮かべてにっこりと微
笑んでやった。

(『まあ・・・』)

 思った通り、その女は両頬をうっすらとピンク色に染めて、もじもじとした態度で堀内を意識しだした。

(・・・たく、馬鹿め・・・)

 主婦なんて、これほど低俗で単純な生き物である。一応、夫に忠誠を誓うフリをしているが、どこまで真剣
なのか・・・自分が優しく肩を抱いて、甘い言葉の1つでも囁いてやれば、すぐにでも付いてきそうな雰囲気
である。

(阿呆らし・・・)

 そんな主婦達の会話にすっかり興味をなくしてしまった堀内は、その視線をおもむろに窓枠の外の景色へ
と向けた。

 爽やかな梅雨明けの空、目の覚めるような真っ青な色をした空に浮かんだ綿飴のように千切れた雲が、
ゆったりとしたスピードで流れていっている。

「信じらんねぇ、あいつ、こんな所でナンパしていやがる」

 先程からそんな堀内の様子を密かに観察していた菜津が、小さく舌打ちする。

「まさか、トシ、そんな事しないよ」
「いいや、分かんないぞ――あいつ、ものすごくスケベそうな顔しているじゃないか」
「そうかなあ・・・」

 などと2人が話している間に、5時間目開始のチャイムが鳴った。その音を聞いて、他の生徒達と同じよう
に、菜津も自分の席へと帰っていく。

「ささ、ご父兄の皆様方、間もなく授業を開始いたしますので、どうぞ教室の方にお入りください」

 担任教師にそう促された親達が、上履きに履き替えて、ぞろぞろと教室の後方に入ってきた。その中には
もちろん堀内も居た。

「では、授業を始めます。それでは、皆さん、教科書の32ページを開いて」

 後ろを向いて自分の家族に手を振ったり、何かを話しかけていた子供達は、いっせいに前を向いて、黒板
の前に立つ教師の指示に素直に従った。

「今日は皆さんが小学校に入学してからの初めての授業参観の日です。皆さんが一生懸命頑張ってお勉強
している姿をおうちの人に是非見てもらいましょうね」
「はーい」

 と、1年生らしい元気な返事が返ってきて、授業は穏やかにスタートした。











 20分ほど経った頃であろうか。

 子供達のたどたどしくも元気な音読姿をつい引き込まれるように見てしまっていた堀内は、しばらくの間、
その人物には全く気がつかなかった。

 あれ?と堀内が違和感に気付いたのは、ようやく自分の音読の順番の回ってきた歩が、教室の外の廊下
側に慎ましやかに立つ1人の女性の姿を目にして、ひどく驚いた顔をした時である。

(何だ、あいつ?何かあったのか?)

 不審に思いつつ、堀内もその歩の視線の先を追う。その先に立っていた人物とは・・・

「・・・!?」

 あまりの驚きに、堀内でさえ一瞬声を失ってしまっていた。

(まさか・・・里佳子か・・・?)

 思わず我が目を疑わずにはいられない。そこに立っていたのは歩の生みの母親である草薙里佳子――堀
内も知っているその人物に間違いはないのだが、今までの彼女とは全く印象が違っていた。年甲斐もなく肌
を露にした大胆な洋服を颯爽と着こなすとんでもなく非常識な女・・・堀内にとって、そう認識されていたその
人物が、極めてまともな格好をして立っていたからだ。

 一体どこから手に入れてきたのか、里佳子は初夏らしい涼やかな素材で織られた紺色の上品なスーツを
着ていた。派手な性格の割には、案外清楚な顔立ちをしていたのであろう。今までのけばけばしい化粧をや
めて、素肌を生かしたナチュラルなメイクに変えただけで、その魅力がうまく引き立たされている。幾分茶色
がかった艶やかな髪を後頭部に綺麗に結い上げて、両耳には小さな真珠のピアスをつけている。すらりと伸
びた素足にごくシンプルなデザインの黒皮のミュール、別に取り立てて目立つ所のない平凡ないでたちであ
ったのだが、その地味で禁欲的な雰囲気が、かえって里佳子の匂い立つような色香を際立たせていた。

(・・・結構良い女じゃん・・・)

 普段の里佳子も十分に魅力的だとは思う。だが、同じ里佳子という女でありながら、今までとは全く違った
イメージを持つ慎ましやかな里佳子にも、男として食指を動かされるものがある。

 その里佳子の姿を、歩は食い入るように見つめていた。

「・・・・・・・・・・・・」
「どうしました、草薙くん?早く読んでください」
「はい・・・」

 教師に窘められて、歩が教科書を読む。淀みのないはっきりとした声で・・・一字一句間違える事なく、すら
すらとその部分を読み終える。

「はい、いいですよ。よく出来ましたね、草薙くん」

 その教師の声を合図に、今度は、後ろの席の子が立ち上がる。その子と入れ違いに自分の席に着いた歩
は、再び横を向いて里佳子の顔を見つめた。

(・・・ママ・・・来てくれたんだ・・・)

 あの人は、もう自分と一緒には暮らせないと云った・・・あの人には他に帰る場所がちゃんとあって・・・そこ
で、あの人を待っている別の誰かが居る・・・誰・・・?その人は一体誰・・・?僕からママを取り上げたその人
は・・・

 それとも、ママは僕が嫌いなの?だから、1人でその人の側に帰っちゃうの?だったら、どうして僕なんか
生んだの・・・?要らない子じゃなかったの?僕は・・・僕は・・・

 ふと下を向いた瞬間に歩の目元からぽとりと涙が零れ落ちていく。自分では全く気付いていなかった。い
つの間に自分は泣いてしまっていたのだろう・・・?そう自覚してしまった瞬間、目じりを伝って幾粒も幾粒も
涙が零れてきた。もう顔も上げられない。ぼんやりと滲んだ視界には、かなくぎのように曲がった文字しか目
に入ってこない・・・

「先生っ、草薙くんが・・・」

 歩の周囲に座る幾人かの子供達がそんな歩の異変に気付き、教師に声をかけた。

「草薙くん?どうしました――おなかでも痛いの?」
「・・・・・・・・・・・」

 周囲からしてみれば、全く理解不能の事態である。先程まで、あんなにしっかりとした口調で教科書を読
んでいた少年が、急に下を向いて声を押し殺して泣き出してしまったのだ。教師も周りの子供達も、それを
見守っていた親達も、突然の出来事にみんな面食らってしまっていた。

「草薙くん?」
「・・・・・・・・・・・」

 歩は何も答えられない。

「困りましたわねぇ・・・普段と違う環境だから、緊張しすぎて体調を悪くしてしまったのかしら・・・」

 普段の利発な歩の姿からは、全く想像もつかない醜態である。

「どうします?保健室に行きましょうか?」
「先生、それなら、俺が連れて行きますっ」

 歩より随分と離れた位置に座っていた菜津がすぐに立ち上がった。

 と、その時

「待ってくださいっ」
「!?」

 教室内に居た全ての人間が、その声がした方向に注目した。

「私が・・・私が連れて行きます」
「!?」

 その声に弾かれたように、歩が顔を上げる。

「失礼ですけど・・・あなたは・・・?」

 その人物を見た教師が、不審な顔で眉を顰めた。

「母親です。私、草薙歩の母親です――」
「!?」

 はっきりとした口調でそう答えた人物は、紛れもなく草薙里佳子その当人であった。











「・・・・・・・・・・・・」

 不気味な沈黙が教室内を支配している。自分の受け持ちの生徒である草薙歩の母親なる人物を、教師は
この日初めて見た。

(確か、草薙くんのおうちは、父子家庭のはずじゃ・・・)

 同じ小学校教師という職業柄、研修会などで何度か見掛けた事がある歩の父親は、まだ学生と見紛うば
かりの若い青年であったが、その見掛けに似合わず、芯の強いなかなかしっかりとした人物である。どうし
てそんな状況になってしまったのか、教師もその辺りの詳しい事情は何も知らされていなかったのだが、歩
の家に母親の影は全くなく、この若い父親が一生懸命に働きながら、男手1つで歩少年を育て上げてきた
――そう聞いていたのに

(再婚でもなされるのかしら・・・)

 それなら、まだ、教師も合点がいく。だが、ここで自分とは初対面のこの女性の云う事をこのまますんなり
と信用してしまってもいいものなのか・・・昨今、どんな些細な事から犯罪に巻き込まれるか分からないひど
い時代なのである。

「どなたか・・・他に草薙くんの保護者の方はいらっしゃいませんか?」

 教室の後方に向かって、教師はそう声をかける。他の保護者達は皆ちらりと堀内の方を一瞥したが、それ
以上の事は何も云わない。堀内も堀内で、自分に向けられたそれらの視線に全く気付かないフリをしてい
る。まるで、2人を・・・歩に対して抱く里佳子の愛情の深さを推し量ろうとでもしているかのように、じっと2人
を見守っている。

「・・・他にどなたもいらっしゃらないようですわね」

 教師はその堀内の存在には全く気付かなかった。

(困ったわね・・・)

 一生徒の複雑な家庭事情で授業は思わぬ所で中断されてしまっている。父兄達は皆、我が子の微笑ま
しい姿を楽しみに授業を見に来ているというのに、これではどうしようもない。保護者達の手前、にこやかな
仮面をつけてはいたが、教師も内面はひどくあせっていた。

(何とかして・・・早くこの場を収めなければ・・・)

 そんな教師にさりげなく助け舟を出してくれたのは、意外にも、クラス一のやんちゃ少年として常日頃から
いつも手を焼かされている新庄菜津であった。

「本当だよ、先生」
「!?」

 新庄少年は勢い良く席を立ちあがるなり、そう云う。

「先生、その人、本当にあゆのかーちゃんだよ。俺、知っているもん・・・その人、ちゃんとあゆのおうちに居る
よ。自分のかーちゃんだって、あゆもそう云っていたもん。なあ、そうだろ、あゆ?」

 みんなの視線が歩へと一斉に注がれる。

「本当なのね?草薙くん」

 みんなの気持ちを代弁するかのように、教師がそう尋ねた。

「・・・僕は・・・」
「草薙くん?」
「・・・僕は・・・僕は――」

 そこまで言い淀んでいた歩が、何かを吹っ切ったように急に顔を上げる。

「あの人は、間違いなく僕のお母さんです。僕は・・・僕はあの人の事をとても大切に思っています」
「!?」

 突然の歩の告白に、クラス中が息を呑んだように固まってしまっていた。











「・・・・・・・・・・・・・」
「先生、やっぱり、僕、お母さんと一緒に保健室に行ってきてもいいですか?」

 先程までむせび泣いていた少年がしっかりとした口調で、教師にそう問いかけてくる。

「・・・ええ、まあ・・・まだ体調が悪いようなら・・・」

 教師は、何が何だか、まだよくこの状況を呑み込めてはいない。だが、この草薙少年とこの少年の母親と
名乗るこの女性との間に何らかの感情の行き違いがあった事だけは何となく察せられた。そこには赤の他
人が踏みこむ事の許されない複雑な事情がきっと渦を巻いているに違いない。何があったかは知らないが、
おそらく、その当人達にしか解決できない問題に違いあるまい。そんな他人の家庭事情にわざわざ自分か
ら首を突っ込んで円満解決に導けるほど教師も卓越した存在ではない。それが分かっていたから・・・

「では、草薙さん、歩くんをお任せして宜しいでしょうか?」

 教師は、歩の母親である里佳子に向かって念を押すようにそう尋ねた。

「はい」
「では、草薙くん、お母さんと一緒にいってらっしゃい」

 教師の声に促されて、歩は教室の外に出た。











「ねぇ・・・」

 とりあえず、2人は並んで廊下を歩いている。

「ねぇ、あんた、本当に保健室に行く気?」
「・・・・・・・・・・・・」
「ねぇ、歩」
「・・・・・・・・・・・・」
「歩っ、歩ったら――あんた、まだ怒っているの?いい加減、返事ぐらいしなさいよっ」

 里佳子の怒鳴り声に、歩は足を止める。

「?」
「声でかい・・・」
「は?」
「分かっている?今、まだ授業中なんだよ?」
「やっと口訊いてくれた」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・歩」

 里佳子は、自ら腰を落として歩と視線を合わせる。一点の曇りもないその澄んだ目を見つめながら、ゆっく
りと諭すように歩に話しかける。

「ごめんね、歩・・・私、こんな悪い母親で・・・あんたの事、いっぱい、いっぱい傷付けちゃったわね・・・」
「・・・どうして、今日来てくれたの・・・?」
「・・・え」
「来れないって、昨日、そう云っていたじゃんっ・・・自分のウチに・・・帰らなきゃいけないからって・・・もう、あ
ゆの事なんかどうでもいいんでしょっ」
「そんな事ないっ」

 思わず大声でそう叫んでしまってから、里佳子は自分の手で慌てて口を塞いだ。それから、口の前で人差
し指を一本立てると茶目っ気たっぷりに小さな声で囁く。

「ね、どっか他の場所に行かない?2人っきりで静かに話が出来る所」
「・・・・・・・・・・・・」

 里佳子の言葉を聞いて、暫く考え込んでいた歩が再び歩き出した。

「あ、待ってよ、歩――どこに行くの」
「黙って付いてきなよ――どっか話が出来る場所に行きたいんでしょ?」

  

天使の羽のアイコン及びラインはparthenonさまからお借りいたしました。 



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