Love has a logic all it's own .
Aim at a winner in love.


 LOVE BATTLE


 BATTLE 2    Sinobu Saginuma VS Daiki Takegami   −6−






 会社の裏口に立っていたガードマンに社員証を見せると、簡単に中に入れてもらえた。

 普段なら人の行き来で賑わっているはずの廊下は、非常灯だけが灯されていて、昼間の喧騒が嘘のようにしんと静まり返っている。自分のオフィスに向かう為、ボタンを押して呼び出したエレベーターのモーター音だけが、周囲にやけに響き渡って聞こえていた。

 俺を乗せたエレベーターが、やがて、俺のオフィスがある階へと到着する。しんと静まり返った廊下に、こつこつと軽やかな靴音を響かせながら、俺は自分のオフィスがある場所を目指した。

(あれ・・・?)

 この課を預かる責任者として、会社から予め預かっていた電子キーでドアの施錠を外そうとした所、既にその鍵が開いている事に気付いた。

(誰か残業でもしているのか・・・?)

 そんな殊勝な事を自ら進んでするような奇特な社員は、おそらく、この課には時田ぐらいしか居ないだろうが・・・

 薄くドアを開けて、内部にいる人間に気付かれないようにそっと中の様子を窺い見る。もし、この部屋に残っている人間が時田であったならば、俺は黙ってこのまま帰ってやるつもりだった。

 だが、その部屋の中に居たのは――

(塚本か・・・?)

 昨晩から今朝にかけて――調子に乗った俺が散々いたぶってやったあの男が、俺のデスクのすぐ脇にある机の上に突っ伏した姿勢で深く眠り込んでしまっている。おそらく・・・塚本は――昼間、時田に頼まれた仕事に勤しんでいたものの、その終了が就業時間内に間に合わず、残業をしてまで仕上げてやろうとがんばってはみたが、昨晩の疲れが出てきてしまった為か――その途中で不覚にも眠り込んでしまったのであろう。

 机上の狭いスペースに無理矢理割り込ませるようにして載せた自分の両腕の上に軽く顎を乗せて、座ったその姿勢のまま、かなり不安定なその状態で塚本は熟睡している。まあ、そうならざるを得ないほど、塚本の体がひどく困憊しきっていたせいもあるのだろうが・・・  叩いても揺すっても、塚本は全く起きようとしない。こんな所で深く眠り込んでしまったら、間違いなく風邪を引いてしまうだろうに・・・

「塚本、おいっ、塚本、起きろ」
「・・・ん・・・」

 その両肩に手をかけて、かなり強く揺さぶってみたが、わずかに身じろぎしただけで、やはり、塚本は目覚める事はなかった。

(・・・仕方ないなあ・・・)

 俺は自分のジャケットを脱ぐと、布団代わりにそっと塚本の肩に羽織りかけてやる。スーツの上着を着ていない塚本の後姿は、首から背中にかけて綺麗な弓なり型の弧を描いていた。

 俺は、自分のデスクから引っ張り出した椅子を塚本の側まで移動させると、そこに腰を下ろした。

 そのまま塚本の寝顔を静かに観察する。まさか、この俺に、自分の無防備な姿を見られていようとは、塚本も夢にも思っていまい。小さな子供のようにあどけない幸せそうな顔をして塚本は眠っている。起きている時は全く気付かなかったが・・・塚本、意外と睫毛が長いんだ・・・伏し目がちになった時、目元がやけに色っぽく見えるのはそのせいなのであろうか・・・あ、よく見てみると、右目だけではなく、左目の下にも色の薄い小さなホクロがある。所謂、泣きボクロと云われているこのホクロを、両目の下につけている人間もかなり珍しいと思うが・・・昨日一晩一緒に居たというのに、そんな事には全く気付かなかった。今、こうして改めて見てみると、この瞬間まで全く分からなかったいろんな発見がある。愛しい男の顔をこうしていつまでも見ていたいのも山々だが、ずっとこのままの状態で塚本を寝かせておく訳にもいくまい。

「塚本っ、おい、塚本――こんな所で寝ていると風邪引くぞ」
「・・・・・・・・・・」

 全く反応なし――こりゃあ、相当熟睡モードに入っちまっているぞ・・・ここまで疲れているのなら、無理な残業などせずにさっさと帰って早く寝れば良いものを・・・こいつも、時田に負けず劣らず相当な意地っ張りと見た。ふと、塚本の机の端に目を遣ると、件の書類が一応きちんと仕上げられた形で置かれてある。

(・・・もしかして・・・これ・・・こいつがやったのか・・・?)

 こいつにやらせろと云ったのはこの俺なのだから、こいつが仕上げた仕事に間違いはないのだろうが・・・だが、これは・・・俺へのあてつけのつもりか・・・?こんな体で・・・よくここまでがんばれたものだと思う・・・正直、俺は塚本の仕事振りに関しては全く期待していなかったのであるが・・・期待していなかっただけに、これは案外良い拾い物をしたかもしれない。鍛え上げれば、結構頼り甲斐のある社員となるかもしれない。

「・・・ご苦労様」

 小声でそう囁きながら、そっとその頭を撫でてやる。見かけよりずっと柔らかい塚本の髪が、俺の指の隙間からさらさらと零れ落ちた。

 その姿を見ているだけで――堪らない愛おしさが込み上げてくる。


『・・・忍――』


 自分の心の中で、北斗が俺を呼ぶ声が聞こえた。


『忍・・・忍・・・俺はここに居る・・・』

『早く・・・早く――俺を見つけてよ――』


 ほの暗い闇の底から、北斗が俺を呼ぶ声が聞こえてくる。だが、いくら、目を凝らして見ても、北斗のその姿が俺の目に見える事は決してなくて・・・


『忍・・・忍――早く、俺を助けてよ――』

『苦しい・・・もう息が持たないっ』


(北斗っ――)


 手を差し伸べようにもその姿が見えなければ、俺にはどうする事も出来ない。


 北斗――北斗、お前は一体どこに居る・・・?

 やはり、あの湖の底に未だたった一人で眠り続けているというのか・・・?

 ただひたすら――俺に救いを求めて・・・


「・・・き・・・」

(?)

「・・・いき・・・だ・・・いき・・・」
「!?」

 塚本の声か・・・?見れば、つい先程まであんなに幸せそうな顔をして眠っていた塚本が、苦痛に顔を歪め、すすり泣きながらある男の名を呼び続けていた。

「・・・大・・・輝・・・」
「塚本?」

 もちろん、未だその意識は覚醒していない。無意識のうちに、塚本はその男を求め続けているのだ。

「・・・大輝・・・大輝・・・大――」
「・・・・・・・・・・・」

 塚本の心を大きく占める男――武上大輝・・・社内一の美形と噂されているその男の元から、俺は塚本の体を無理矢理奪い取ってやった。これからこの2人の関係は間違いなく破綻するであろう――かなりの自信を持って、俺はそう踏んでいる。

 他の男に抱かれてしまったマヌケな塚本の事を、異常にプライドが高そうなあのわがまま子猫ちゃんが絶対に許せるはずなどない――男に抱かれる悦びを知ってしまった塚本の体が、今更あの男の体を抱ける訳などない――俺はそう思っている。

 だから・・・あせる必要なんて全くないんだ。

 あの2人がどんなにあがこうとも、この運命は決して覆される事はない。

 塚本は間違いなく――俺のモノだ。

 だが――

「大輝・・・大輝・・・大輝・・・」
「・・・・・・・・・・・」

 この胸騒ぎは一体何なのだろう・・・?

 武上と塚本の心を繋ぐ――目に見えない絆が俺を脅かす・・・かつての俺と北斗と同様、この2人も共に固く結ばれあった仲だというのか・・・?2人の間に――他者の介入を全く許さぬほどに・・・

「大輝・・・大輝・・・だい・・・」

 塚本はうわ言でしきりとその男の名を呼び続けている。悲哀に満ちた声で・・・そんなにもあの男が良いのか・・・?俺なんかより、ずっとあの男が良いというのか?――

(北斗・・・)

 固く瞑られた眦から零れ落ちてくる塚本の涙を、俺は自分の指先でそっと拭い取ってやった。

「・・・北斗・・・もう泣くな・・・」

 お前の泣き顔を俺はもう二度と見たくはない・・・些細な事で云い争っていたあの日、お前は俺の目の前で初めて泣いた・・・その後、発作的に家を飛び出して・・・そのまま二度と俺の側に帰ってくる事はなかった。俺の記憶に残る――俺が最後に見た北斗の顔は・・・今の塚本の顔と同じ・・・泣き顔だった。

 一体、どんな理由で俺は北斗を泣かせてしまったのだろう・・・?

 後にも先にも――北斗が俺の前で涙を見せたのはその時たった一回きりの事であった。

 今となってはその理由さえ全く思い出せない。とても大切な事だったような気もするし・・・そうじゃなかったような気もする・・・

 俺の側に居る時の北斗はいつも笑っていたし、俺も北斗のその温かな笑顔に惚れた。

 塚本は・・・?

 塚本も、やはりあの男の側ではいつも笑っているのだろうか?

 あの頃の北斗みたいに・・・本当に幸せそうな顔をして笑っているのだろうか?

 そう云えば、俺は・・・塚本と出会ってから、まだ一度も奴の笑顔を見ていない。

 心の底から楽しいと感じて笑っている奴の本当の笑顔を見ていない。

 そんな事実に今更ながら気付いた。

(・・・そんなの・・・当たり前じゃないか・・・)

 今の塚本は俺を憎みこそすれ、俺の事など全く想っていない。

 今の塚本にとって――俺は、その体を無理矢理犯したにっくき陵辱者でしかないのだ。

 こんな近付き方をしたら――必然、そうなる事は分かっていた。

 それでも・・・俺は・・・自分を止められなかった。

 北斗を失くした――この空虚な心が

 苦しくて

 悲しくて

 切なくて――

 その心の虚しさを癒す為に俺は塚本に縋った。

 本当はこんな事――決して許されざるべき事だと・・・心のどこかでは自分もちゃんとそう分かっていたのに

 それでも・・・俺は・・・そんな自分を止められなかった


 なあ、塚本

 お前は俺を笑うか?

 過去の恋人にずっと拘り続け、その恋人の代用品としてお前の体を抱く俺を――愚かだと罵って笑うか?

 お前の云うとおり

 俺はそんな方法でしか自分の心を癒す事が出来ない大馬鹿者だから

 だから、こんな俺の事なんか

 笑えばいい

 憎めばいい

 それでも

 俺はもう二度とお前を手放す気はないから

 決して――手放す気はないから

 たとえ、お前が俺の腕の中で――他の男の名を叫び続けていたとしても・・・俺はお前を二度と手放す気はないから

「大・・・輝・・・大・・・輝・・・大・・・」

 机に突っ伏したその姿勢のまま泣き続ける塚本の頭を俺は何度も撫でた。

 労わるように

 宥めるように

 何度も何度も優しく撫でてやった。

 お前の苦しみも悲しみも全部俺が引き受ける

 全部俺が受け止めてやるから

 だから・・・お前は安心して俺の胸で泣き続ければいい。

「大輝・・・だい・・・」
「・・・塚本――」

 塚本の涙はなかなか止まる様子はない。椅子から立ち上がった俺が、すすり泣く塚本の体を後ろから抱き締めてやろうとして腕を伸ばしかけた所

「――耕平に触るなっ!!」
「!?」

 見れば、さっきまで無人であったはずの部屋の入り口に、息をぜいぜいと切らした武上が立っていた。武上は肩で息をしながら、咄嗟に俺達の方に走り寄ってくる。

「耕平に触るなっ――」
「!?」

 俺を追い払おうとして叫んだ武上の声に反応して、眠っていた塚本の体が大きく戦慄いた。それまで突っ伏していた机の上から、自分の意志でその体を起こした塚本は、焦点の定まらない目ですぐにその声の出所を探す。

「大輝っ!?」
「耕平?良かった――無事なんだね?」
「――大輝・・・」
「耕平っ」

 塚本に向かって伸ばされた武上の手が、塚本の肩に触れようとした瞬間

「おっと」
「!?」
「何するんだよっ」

 先に手を伸ばして掴んだ塚本の体を、俺は武上の目の前で自分の腕の中にしっかりと抱きこんでやった。その拘束から逃れようとして、塚本は必死に体を捩っている。

「ちくしょうっ、放せっ、放せっ――」
「耕平っ」

 塚本を助けようとして武上が俺に躍りかかってくる。非力なパンチ――拳を繰り出す瞬間、脇がガラ空きとなってしまっている。塚本を抱きかかえたまま、俺はそれを難なくかわした。くるりと俺が身を翻すと、その武上の拳がちょうど塚本の顔面すれすれの位置を掠める。

「!?」
「危ないなあ」
「・・・・・・・・・」

 間一髪――もう少しで、誤って塚本が殴られてしまう所であった。全く危険な男である。頭に血がカーッと上ってしまったら、前後の見境がつかなくなるタイプなのであろう。

「耕平を俺に返せっ」

 怒りで顔を真っ赤にした武上が俺に挑んでくる。

「あんたも大概しつこいなあ・・・こいつは俺がもらうって、何回もそう云っただろう?」
「承服出来るか、そんなのっ・・・あんたの勝手な云い分なんか、俺は絶対に承知出来ない・・・耕平は俺の男だっ、あんたの事なんか少しも想っちゃいないっ――耕平が愛してくれているのは、この世にたった一人、この俺だけなんだっ」
「・・・大輝・・・」

 武上の言葉に応えるように、塚本の瞳が大きく揺らいだ。

「大した自信だな、あんた・・・」

 嘲るように、俺はわざと喉元でクククッと笑ってやる。

「何がおかしいっ」
「いや・・・相変わらす子供じみた事を云っているなと思って・・・愛だの恋だの・・・夢見がちな少女じゃあるまいし、いい年をした大人が、人前でよくそんな台詞を臆面もなく吐けるよな――全く、聞いているこっちの方が恥ずかしくなる・・・」
「うるさいっ、お前に俺達の気持ちが分かるもんかっ――一方通行の恋愛しかした事がないようなあんたに俺達の気持ちなんか絶対に分かるはずがない――あんたさぁ、よく目を凝らして見てみろよ・・・あんたの腕の中の耕平、すごく嫌がっているじゃないか・・・嫌がる相手を力で無理矢理ねじ伏せて犯すのがあんたの愛し方かよ?あんたの私念の為に、わざわざ職場まで飛ばされて・・・あんた、そんな耕平の気持ちを少しでも考えた事があるのかよっ」
「黙れっ」
「!?」

 ――一方通行の恋愛だって?

 お前こそ――一体、俺達の何が分かる?

 俺と北斗の事なんか・・・何一つ知らないくせして――

「・・・・・・・・・・」

 心が騒いだ。

 俺に対して真っ直ぐに向けられている武上の真摯な目を見ていると、心をひどくかき乱されてしまう。

 かつては俺も・・・こんな目をして人を愛した時期があった。

 一途にその人の事を想う時期があった。

 だが、もう、その人は・・・俺の側から完全に消えてしまった・・・

「誰かを本気で愛した事のないあんたに俺達の気持ちなんか絶対に分かるはずがないっ」
「!?」

 俺の耳元で劈くように叫ばれた武上の言葉に――思わず大声で反論してしまいそうになった。

 誰かを本気で愛した事がないだって・・・?

 この俺に向かって――よくそんな台詞が吐けたものだ。

 誰かを本気で愛してしまったから――俺は今こうして苦しみ続けているんじゃないか

 北斗への愛が呪詛のように俺を塚本へと縛りつける。

 北斗を忘れられなくて

 北斗をあきらめきれなくて

 その想いを俺は塚本に託した。

 それほどにまで深く――俺は北斗を愛していた・・・

 なのに――

「・・・愚かだな・・・」
「何だとっ」
「愛だの恋だの・・・そんなありもしない幻想を本気で信じ込んでいるあんた達が俺は憐れでならない」
「黙れっ」

 俺が云い放った言葉に、武上は眼を剥いて反論してくる。

 そうだ、お前は知らないから

 人を本気で愛してしまった時に伴うそのリスクを知らないから

 その人を突然失ってしまった時――自身の心を襲う激しい心の痛みをお前は知らないから

 だから軽々しくそんな言葉を口に出来るんだ

 人を愛すると云う事はとても苦しい事だから

 だから、もし・・・お前が本気で塚本を愛しているというのならば――お前はその苦しみをこれからじっくりと味わう事になるはずだ

 いや、この俺が・・・それを嫌と云うほどお前に分からせてやる

「・・・・・・・・・」

 その時、俺に腕の中で必死にもがいていた塚本が、ボソリと言葉を発した。

「・・・そういう・・・あんたは・・・どうなんだよ・・・」
「え?」
「あんたこそ、一番愚かじゃないのか?」
「!?」
「耕平っ」

 武上が俺を挑発する塚本を諫める。塚本は、憎しみを込めた目で俺を見つめながら云った。

「・・・俺にしてみれば・・・北斗の代わりに・・・俺を抱くあんたが一番憐れだ」
「!?」

 ――それが・・・紛れもない事実だったから・・・尚更、腹が立った。

「・・・黙れ・・・」
「!?」
「黙れっ」
「耕平っ!!」
「!?」

 塚本に乱暴に掴みかかっていた俺の体に、武上がいきなりぶち当たってくる。不意を付かれた俺は、そのはずみで塚本の腕を強引に掴んでいた手をつい離してしまった。その隙を突いて、武上が俺の腕の中から塚本の体を掠め取っていく。

「おいっ、こら、待て――」
「耕平っ、早く行って!!」
「!?」

 武上の声に応じるように、塚本が部屋の外に向かって一目散に走り抜けていく。その後に続くように俺に背を向けて走り出した武上が、部屋の入り口で一度その足を止めて、俺の方を振り返りながら云った。

「耕平は必ず俺の元に返してもらうから――」

 女王様然としたその容貌に相応しい高圧的な態度で、武上は俺にそう挑んでくる。

「・・・出来るもんなら、やってみな」

 ――俺だって絶対に塚本を手放す気はない

「せいぜいやらせてもらうさ・・・あんたこそ、その妙にふてぶてしい顔に吼え面かくなよっ」

 可憐な顔に全く似つかわしくない辛辣な台詞を吐きながら、武上は走り去っていった。

「・・・・・・・・・・」

 何故だか・・・俺には、二人を追いかけようという気は全く起こらなかった・・・むしろ、俺はホッとしてさえいた。

 疲れた・・・今頃になって、俺は自分の体がひどく疲れている事に気付いた。それも当たり前であろう・・・塚本と同様、俺だって昨晩はほとんど寝ていないのだ・・・このまま家に帰って、すぐにでも熱いシャワーを浴びたい・・・

 こんな人間らしい疲労感を感じたのは、本当に久しぶりのような気がする。北斗を失ってからこれまで――自分の体をわざと痛めつけるようにして生きてきた俺にも、まだこんな人間らしい感覚が残っていたなんて・・・何だかとても不思議な気持ちがする・・・これも、若いあの2人のパワーに触れてしまったからであろうか・・・この5年の間に、俺は自分が思っている以上にずっと年をとってしまっていたのかもしれない・・・もう自分の人生は半分以上終わってしまったような――そんな気さえしていた。

 実際、あれからまだたった5年しか経っていないというのに・・・

(・・・帰ろう)

 俺の部屋に

 俺と北斗の部屋に

 北斗が居なくなって5年経った今でも、俺は未だあの部屋に住み続けている。

 北斗との想い出が沢山詰まったあの部屋で

 北斗の持ち物と共に未だ北斗の帰りを待ち続けている。

 2人でふざけながら選んだ揃いのパジャマも、色違いの歯ブラシもまだちゃんと残してある。

 北斗がまたいつここに帰ってきても良いよう、ちゃんと用意してある。

(・・・北斗・・・)

 北斗の温もりを――堪らなく恋しく思った。やっと見つけ出した俺の北斗は、今晩あの男の側で眠るのだろうか・・・?その腕に俺ではない全く別の男の体を抱いて眠るのだろうか・・・?そして、また、あの武上とか云う男も、その北斗の腕の中で、きっととても幸せそうな顔をして眠るのだろう・・・俺の前では一度も見せた事がない優しい笑顔できっと笑うのであろう・・・そう思うと、腸が煮えくり返りそうなほど悔しくなる。どうやら、俺は、あの武上とか云う男に本気で嫉妬してしまっているらしい。この俺が・・・あんな若造に・・・?自分でもつい笑っちまう・・・この俺があんなガキに本気で振り回されたりするものか・・・この俺があんなガキを本気で相手にしたりなどするものか・・・この俺が――

(・・・・・・・・・・・・)

 自分というものがつくづく分からなくなってきてしまった。

 塚本という男に拘り続ける自分が・・・

 塚本は北斗と違うのだ

 北斗とは全く別の人間なのだと――ちゃんと分かっている

 なのに

 頑なにまで塚本に拘り続ける自分というものが、俺にはよく分からない

 みっともなくあんなガキと云い争ってまで、塚本という一人の男に拘り続けている

 こんなの、全然俺らしくない・・・

(――塚本か・・・)

 渡すものか

 あんな子供なんかに絶対に渡すものか

(・・・塚本は俺の『女』だ・・・)

 ポケットから取り出した煙草を口に咥えて、無造作に火をつけると、俺はゆったりとした足取りで帰路についた。





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