バツイチ!!

― 22 ― 



「なあ、美邦、覚えているか?昔、クラブの揉め事でお前一人だけがみんなと意見を異にして孤立しちまった事があっただろう。一応多数決って事で、みんなでお前を説き伏せようとしたのに、お前変にヘソを曲げちまってさ、『もうこんなクラブなんてやめてやる』って、急に部室を飛び出して――」

 一体何がそんなに気に入らなかったのか、今となっては定かではないが、確かにそんな事があった。

 その後、俺は校舎内をフラフラと徘徊して、最後にここに辿り着いた。その間、クラブのみんなは手分けして俺を探していたそうだが、最終的にここで一人拗ねていた俺を三沢が見つけた。

 もう仲間なんて誰も信じられない――そう思って頑なに自分の心を閉ざしていた当時の俺に三沢は云ってくれたのだ。


『俺は一生美邦のダチでいるから――これからも、この先もずっと、お前のピンチの時にはいつだって真っ先にお前の元に駆けつけてやる』

 
 重ねて三沢は云う。

「お前ってさあ、大人しそうに見えて、そのくせ妙に頑固なところがあるから、結構付き合いにくいのな。親しくなったと思ってもなかなか本音を見せてくれないし、自分の領域に簡単に踏み込ませてくれない。自分というものをすごくしっかりと持っていて、俺、お前のそういうトコすごくうらやましく思った」

「そんな・・・」

 そう云って三沢は俺を褒めてくれたが、本当は臆病なだけだ。他人との間に長すぎるスタンスをとろうとするのも、他人と深く関わりあって結果自分が傷付けられるのが怖いからである。

 生涯を通じて親友と呼べる友人は三沢を含め数えるぐらいしかない。

 その点、三沢は昔から人付き合いが上手く、俺以外の友達も沢山いた。俺からしてみれば、三沢のその社交性の方がよっぽどうらやましく思えるのだが。

「今の時代、周りの目を気にして、自分の意見も堂々と云えない奴が多いだろう?だから、俺、あの時、お前ってすごく偉いって思った。俺はさあ、すぐ周りの意見に振り回されちまうから」

 俺みたいに意固地にならず、周りの意見に耳を傾けられる柔軟性が俺から見た三沢の長所である。

 頑固者の俺はいつもそうやって周りの友人との仲を三沢に取り持ってもらっていた。

「・・・俺ってさあ、ホント要領が悪いから、いつもお前に迷惑をかけっぱなしだった」

「そんな事ない」

 と、三沢は俺の言葉を即座に否定したが、事実、俺はいつも三沢に守られていたように思う。

 クラブで辛い事があっても、三沢が居たからがんばれたし、奴がいつも俺を励ましてくれた。

 辛い時、悲しい時、俺の側にはいつも三沢が居て、俺の青春は三沢と共にあったといっても過言ではなかった。

「俺達、あのままずっと変わらずにいられたら良かったのにな」

「そりゃ、無理だろ」

 後に俺達は別々の大学に進学し、それぞれ別の人生の道を歩んで行く事となった。その頃から三沢との仲は少しずつ疎遠になって、大学卒業の頃には年に数回しか会わなくなった。

 俺が最後に三沢と会ったのは、佐々倉先輩との結婚式の席で、その後自分のプライドが邪魔してか三沢とは全く連絡を取らなくなった。

 だから、今回こんな形で再会するまで、まさか三沢が先輩と別れ、男と暮らしているなんて夢に思っていなかったのだ。

「でも、お前は変わっていないよな」

「え?」

「あの頃と全然変わっていない」

「まさか、そんな事ある訳ないじゃん」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 暗闇の中、やけに真摯な顔で三沢は俺をじっと見つめてくる。三沢と目を合わす事が怖くて、俺は顔をあげる事が出来ない。

 三沢の言葉を笑ってかわしてはいたものの、内心心臓が破裂しそうなほどドキドキしていた。

「変わったよ、俺もあの頃に比べると随分オジサンになった」

「そりゃあ、あの頃からもう10年近く経っているんだもの、誰だって外見は変わるさ。じゃなくて、俺が云っているのは外見ではなくて中身の事――お前、ホント昔から変わっていない」

 それは、ある意味、俺はあの頃から全く人間的成長をしていないって事?中身がガキのまんまって事かよ?

「俺さ、お前のそういうトコ好きだぜ」

「は?」

「何者にも穢されない、大人になってもずっとピュアなトコ。要領は悪いんだけど、何事に対してもいつも一生懸命に取り組んでいる。そんなお前を見ていたらさ、つい助けたくなっちまう」

 再会してから後も、俺は妻の事でずっと三沢に励まされてきた。こいつの何気ない言葉に俺がどんなに勇気づけられてきた事か。

「お前には、いつも助けられっぱなしだな」

「そんな事ないさ。俺だって美邦に救ってもらっているんだぜ。お前といると、何故か心がとても温かくなる。包み込むような穏やかな気持ちになれる。お前だけなんだぜ、俺をこんな気持ちにさせてくれるのは。お前は俺にとって特別な存在なんだ」

「・・・・・・・・・・・・・・・」

同じように、俺だって三沢の事を特別に思っている。俺を癒す力は妻よりも三沢の方にあると思う。そんな三沢だからこそ、尚更失いたくない。

「・・・俺の事、軽蔑しただろ?」

「え?」

「ホモだって事隠してお前に近付いた事。あろう事か、学生時代から、お前の事をずっとそんな目で見ていたなんて、普通ひくよな。挙句の果てに、とうとう我慢出来ず、お前に手を出しちまった」

「あれは――」

 薬に犯された俺を助けようとした過程で起こった事故みたいなものだ。あの事で一方的に三沢だけを責められない。

 あの時、ホテルに連れて行ってと云ったのは俺だし、三沢は一生懸命に俺を助けようとしてくれた。

 自分を相手の立場に置き換えて考えてみると分かる事だが、あの状態で自分が好意を抱いている人間が目の前にいて、我慢しろと云う方がどだい無理な話である。

 俺が三沢だったとしても、絶対我慢出来なかったと思う。

 ただ、その事によって、俺は知りたくもなかった自分の気持ちに気付かされてしまった。

「軽蔑なんてしていないさ」

「!?」

「びっくりはしたけど、軽蔑なんてしていない。パニックっていたからさ、俺、あの時、お前にひどい事を云ったかもしれないけど、それだって、俺の本心ではない。あの時はさ、俺、妻を裏切った自分が許せなくて、自分で自分に一番腹を立てていた・・・本気で嫌なら、舌を噛んででもお前を拒めばよかったのに、俺はそうしなかった。それって何でだろうなって思ったら、ますます自分が許せなくなった。ああされて初めて、自分がどんな風にお前の事を思っていたかよく分かった。でも、俺、馬鹿だからさ、この先、自分がどうしたらいいのか、ホントよく分からなくて・・・」

「美邦・・・」

 この期に及んで、自分の周囲の人間を誰も傷つけたくないと思うのは俺のわがままだろうか。

 俺の気持ちも確かに三沢に傾いているが、人としての常識がそれを邪魔する。俺が三沢の元に走れば、俺が妻を裏切るだけではなく、三沢に蓮見をも裏切らせる事になってしまうのだ。

 自分の思いを正直に告白した俺を見て、三沢は悲しげに笑う。

「いいんだよ、俺の事は何も気にしないで」

「?」

「一度だけでもお前と結ばれただけで十分――邪魔者の俺はお前の前から消えるからさ、後は奥さんと幸せな家庭を築けばいい」

「な・・・」」

 三沢の唇から紡がれたその言葉に深い悲しみが俺の胸に湧き上がってくる。

 嫌だ、こうしてせっかくまた会えたのに、このまま別れたくない。無意識に俺は側にあった三沢の腕をギュッと掴んだ。

「美邦?」

「いやだ・・・」

「美邦、どうした?」

 このまま三沢を行かせたくない・・・この先も俺はずっと三沢の側にいたい。

「・・・俺――」

「うん」

「俺さ、俺――」

「・・・・・・・・・・・・・・・・」

 本当は自分の目の前にいる相手に何よりも一番伝えたい言葉がある。だが、俺がそれを三沢に伝えれば、俺達は今共にいる大切な伴侶を失ってしまう事になるだろう。

 その覚悟が俺にあるか・・・?

「・・・俺――」

「もういいから、美邦。もう分かったから」

 喉まで出掛かっているその言葉を俺はなかなか相手に告げる事が出来ない。云おうと思うのだが、なかなか口から出てきてくれない。

 そんな俺を三沢は優しく諭してくれる。

 その言葉を一番聞きたいと思っているのはこいつのはずなのに、何も聞かずあえてこのまま消えようとしている。

 それも全て、この俺の事を一番に考えての事であろう。

「後の事は何も心配は要らないから。子供だってきっとすぐに出来る」

 ああ見えて、蓮見は優秀な医者だからと、三沢は俺にそう云ったが、その蓮見とも、こいつは別れるつもりなのだろうか?

「・・・あいつも、心配していたぞ、お前の事」

「あいつ?」

「あのセクハラ医師だよ。あいつ、お前がいなくなったってえらく大騒ぎしていたぞ。その、お前、あいつの事は――」

 蓮見の事を口にすると、よりいっそう自分の胸が激しく痛む。もし、本当に三沢がこのままいなくなってしまったら、俺は蓮見から三沢を奪ってしまう事にもなるのだ。

「別れるよ」

「え・・・」

「あいつとは別れる」

「そんなっ」

 この俺とめでたく結ばれるのならそういう選択肢もありかと思うが、三沢は俺に妻の元に戻れと云う。その上で、自分は蓮見と別れると云う。

 正直、三沢が誰のモノにもならないのは嬉しいが、三沢にとって大事な理解者である蓮見をそんな簡単に切り捨ててしまっていいのだろうか。

「あいつ、怒っていないよ、お前の事。俺との事を知ったって文句一つ云わなかった。ただ、お前の事を思うのなら、そっとしておいてやれって」

「でも、お前はここに来てくれた」

「!?」

 三沢の気持ちに応えられる訳でもないのに・・・結果、蓮見の予測どおり、三沢をもっと傷付けてしまう事になった。

 気持ちに応えられないのなら過剰な期待を持たせるなと、蓮見は暗に俺にそう忠告していたのに、俺はその忠告を無視してしまった。

 三沢が俺の前から再び姿を消してしまう。その事実が俺には我慢ならなかったのだ。

「俺、自分の云っている事がわがままだってちゃんと分かっている。俺は欲張りな人間だから、誰も失いたくないし、誰も傷付けたくない。お前の事も、妻の事以上に大切に思っている。でも、俺、お前の事を恋愛感情で好きかと問われると、正直、自分でもまだよく分からないんだ。多分、そうだとも思うけど、違うような気もする。そんな事、今まで考えた事もなかったし、考えたくもなかった。違うって云うか、認めたくなかったんだろうな、きっと・・・自分の気持ちに正面きって向き合おうとしなかった。俺さあ、もう逃げないから――お前からも、妻からも。だから、お前も逃げないで、これからもずっと俺の側にいて欲しい」

「!?」

「お前の事を俺がどう思っているか、せめてその答えが出るまでは俺から逃げないで欲しい」

「美邦・・・」

 三沢に対して、自分がどれだけ惨酷な事を云っているのか、その自覚はあった。どんな事をしてでも、俺は三沢を自分の元に繋ぎとめたい。

 先の事がどうなるかなんて、どうせ誰にも分かりはしない。もしかしたら、俺は妻を捨てこいつと結ばれているかもしれない。

 その可能性が限りなくゼロに近くても、絶対ないとは云いきれない。わずかにでもその可能性があるというのなら、その可能性に俺もかけてみたいと思った。

「三沢――」

 三沢をこのまま行かせたくない――ただひたすらに三沢を思う気持ちが今の俺をつき動かしていた。

 縋るように三沢を見つめていた俺の視線に三沢の視線が絡み合う。

 それまで黙って俺の話を聞いていた三沢が、そこで呆れた溜息をついた。

「・・・全く、とんだエゴイストだな、お前は」

「だって・・・」

「自分の気持ちが確認出来るまで、俺に側にいて欲しいだって?そんな期待を持たせるような事を云っておきながら、最後にはやっぱり友達としてしか付き合えないってオチで、この俺が納得出来ると思うか?」

「出来るよ」

「!?」

 と、その問いかけにすぐさまそう答えたのは、三沢ではなくこの俺である。三沢じゃない俺にどうしてそんな事が分かるのか、驚いた顔で三沢は俺を見た。

「お前・・・」

「だって、三沢、今、自分で云ったじゃん、俺の事をエゴイストだって」

「は?」

「ぶっちゃけ、この俺が直々頼み事をして、これまでお前が一度でも断った事があったか?お前は俺の頼みならいつだって何でも聞いてくれる。俺の為、いつも自分を犠牲にして尽くしてくれたじゃないか」

「な・・・」

 共にいる限り、その関係は永遠に変わりはしない。

 だって、そうだろう?三沢は俺に惚れているのだから――その気持ちがある限り、三沢は俺に逆らえない。

「このまま、お前は俺を見捨てるのか?」

「!?」

「俺がこんなに悩んでいるのに、その俺を見捨てて、一人で逃げちまうのか?」

「それは・・・」

「このまま妻の元に帰るにしても、俺が窮地に立たされている事に変わりはしない。蓮見の事だって、俺、お前の助けがあったから今までやって来られたけど、正直、この先お前がいなくなってしまったら、あの医師とまともに付き合っていく自信はない」

「!?」

「お前がいなくなれば、俺、またあいつに何をされるか――」

「分かった、分かったから、美邦」

 蓮見の名を出すと、効果覿面、三沢の顔色が変わった。どうやら、三沢はそれほどまであの男に対して危機感を抱いているらしい。

 その蓮見と三沢は先程別れると云ったのだが

「なあ」

「?」

「俺に妻の元に帰れというのなら、お前も蓮見の所に帰れよ」

「!?」

「俺のせいで二人が別れる必要はない。お前だって、別に蓮見の事が嫌いになった訳じゃないんだろう」

「まあ・・・」

「・・・悔しいけどさ、端から見ていて、お前達、結構お似合いのカップルだよ」

 それこそ、あいつの方が俺なんかよりよっぽど三沢の事を理解している。同じ性癖を持つ者同士、二人には何か惹かれあうものがあるのだろう。

 俺にとっては気に食わない奴でも、三沢にとってはきっとかけがえのない相手に違いない。

 でなければ一緒になんて、とても暮らしてはいけないだろう。

「俺、あいつの事は今でも嫌いだけど、これまで三沢をずっと支えてきてくれた事については感謝している。二人の関係はいまだによく分かんないけれども、あいつが本気でお前を心配している事もよく分かった。その・・・好きな人にさ、突然自分の目の前から消えられるのって結構つらいぜ。そんな思い、俺なら好きな人に絶対させたくない」

「美邦・・・」

「俺に戻れと云うのなら、お前もあいつの元に戻れ。後の事は時間をかけて、またゆっくりと考えようじゃないか」

「・・・そうだな」

 長い人生、何も今すぐとあせって結論を出す必要はない。自分にとって三沢がどういう存在であるか、これからゆっくりと時間をかけて考えていけばいい。

 それまで、三沢とは出来るだけ今のままのスタンスを保っていきたいと思った。

 いつの間にか、辺りはすっかりと夜になっていて、空には小さな星がかすかに煌いている。街のネオンの明るさに負けず、一生懸命に光り輝こうとしているその星が俺にはとても愛おしく思えた。

 世間の荒波に負けず、必死にもがき生きようとしている今の自分達の姿を、その星に重ねて見ていたからかもしれない。

 性的不能者だとか、同性愛者だとか、そんなくだらない偏見に自分を潰されて堪るか。

 他人からどんな評価を受けようと、俺は俺――俺も三沢を見習って、自分に正直に生きていこうと思った。

「帰ろうか」

「・・・ああ」

「!?」

 その折、グッドタイミングで、三沢の腹が鳴る。そう云えば、三沢は一体いつからここに来ていたのか、巷ではそろそろ夕食の時間である。

 俺に腹の虫を聞かれて、バツの悪そうにそっぽを向いた三沢を俺はさりげなく食事に誘った。

「なあ、今から二人で飯を食いに行かないか?」




BACK  TOP  NEXT