■ アネキシリーズ番外編 ■





※このお話は真視点で書かれたお話です。





「・・・・・・・・・・・・・・・・」

 ここに連れてこられた時と同様、強面の男達と共に車に乗り込んだ僕は、腰が半分沈みそうなほど、ふかふかのシートの上で、丹念に化粧の施された顔を不快に歪めていた。

 これから我が身に降りかかってくるだろう災難を思うと、早くも胃が痛い。

 あの男が計画したおかしな茶番に、どうしてこの僕がつきあわなくてはならないのか。

 男である僕にこんなふざけた格好をさせて、あの男は、一体、何を考えている?

「ねえ」
「?」
「もう、そろそろ、行き先を教えてくれたっていいんじゃないの?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」

 ポーカーフェイスを保ったまま、僕の両側をしっかりと固めている男達に、そう問いただしてみれば、二人、口を揃えて

「凛さまのところです」
「だから〜、その凛さまは、今、一体、どこにいるのさ?」

 車は、確実にその彼の元に向かっていて

「凛さまは今、都内の某ホテルで催されているパーティに出席されております」
「・・・つまり、そのパーティに、僕にも、この格好で出席しろと」
「お察しのとおりです」
「冗談じゃないっ!!」

 気色ばんで、そう叫んだ僕を、男達はちらりと一瞥すると

「これは、凛さまのご命令ですから、従ってもらわないと困ります」

 困りますって・・・そんな・・・今、この現場で困ってしまっているのは、男達ではなく、間違いなく、この僕の方だと思うのだけれど・・・

 そんな事を話している間に、車は目的地について

「さ、着きましたよ」
「!?」

 先に車を降りた男達が、外から手を差し伸べて、ホテルの入り口まで、僕をエスコートしてくれる。その手に、僕は自然に従ってしまっていた。

「会場はここの二階にある聚楽(じゅらく)の間です。申し訳ありませんが、私どもは、これ以上ホテルへの立ち入りを禁止されておりますので、ここから先はお一人で願えますか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・」

 確かに・・・この男達のいでたちじゃ、ホテルの他の利用客に対して、多大な不信感を抱かせる恐れがある為、早々に退散してもらった方が賢明であろう。

「凛さまともども、後でお迎えに上がります」

 それだけ云い残すと、男達を乗せた車は、僕一人だけをその場に残して、あっけなく走り去ってしまった。

 仕方なく、ロビーに向けて、足を進め始めた僕に、周囲の沢山の人の目が注がれていて

『ねえねえ、ちょっと、あの人』

「!?」

 いくら人の多い場所とはいえ、今の僕のこの格好はあまりにも悪目立ちしすぎる。それでなくとも、女装姿の僕は、元から人を惹きつける要素を多大に持っているのだ。

『綺麗な人〜』

『どこかのモデルさんかしら?』

 そんな風に、ロビーのここかしこで褒め称えられているその相手が、まさか、正真正銘の男であるとは、誰も気付いていまい。また、僕自身、それがバレてしまうようなヘマを、自ら絶対にやらかしたりもしない。自分で云うのもなんだが、僕の女装姿は、それほど堂に入っていて、この世に、女装した僕以上に女らしい女性は、なかなか居ないとも思う。

「お嬢さん、お一人ですか?」

(!?)

「いえ・・・この上で催されているパーティ会場の方に、知人が居りますので」
「この上と云うと、聚楽の間の?それは、奇遇ですね〜、僕も今からそこに向かうところだったんですよ」

 上へ上がるべく乗り込んだエレベーターの中で、僕にそう云って気安く話しかけてきたこの男の云っている事は、あながち、嘘でもあるまい。その証拠に、男も立派なタキシードを着ている。

「失礼ですが、その方とは、一体どのようなご関係で?」
「関係というか・・・まあ、ちょっとした知り合いで」

 お茶を濁すようにそう云って、にっこりと微笑みかけてやれば、男は、その僕の笑顔にすっかり参ってしまっていて

「・・・・・・・・・・・・・・・・」

 目的階に着いたエレベーターがチンと軽やかな音を立てた。その音に続いて、ドアが開いたタイミングで、僕は、男より先にその箱を降りた。

「お先に失礼」
「あの――」
「?」
「あの、よろしければ、これからその会場まで、僕にあなたをエスコートさせてくれませんか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」

 女装した僕の色気にすっかりと当てられてしまったのか、頬をうっすらと上気させて、僕にそう云ってきたその男の下心ありありの提案を、思うところあって、僕は素直に受け入れる事にした。






■■■






「お荷物は、どうぞ、こちらのクロークにお預けください」

 会場に入る前に、部屋の脇にあるクロークで、首に巻いていた白い襟巻きを預けて、その男と共に、パーティ会場へ入った。

 男は、凛の実家である小早川財閥と古くから取引のある大会社の御曹司らしくて、ここに来るまでの間中、ずっとその事を僕にアピールしてくる。ここに呼ばれている以上、どうやら、この僕の事もどこか名だたる財閥の令嬢と勘違いしまっているらしい。

「こうして、あなたにお近づきになれたのも何かの縁だ。是非、あなたのお父様にご挨拶を――」
「いえ、その必要はございませんわ。事情がありまして、あいにく、ウチの父は、今日、こちらには来ておりませんの」
「では、いずれまた日を改めて、そちらのお屋敷に訪ねさせていただくという約束で・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」

 今日、初めて会ったばかりの僕の事を、この見かけだけでここまで気に入ってくれたのは光栄だが、当然の事ながら、僕の方に、少しもそんな気はない。先程から、僕が、この男に黙ってついてきているのは、この男と共にいる僕の姿を、あの男に見せつけてやりたかったからで・・・

 その凛はと云うと、会場の一番前方に位置する大きなステージの前に居た。ボーイから手渡されたシャンパングラス片手に、高価なスーツやドレスに身を包んだ、何やらゴージャスな連中と親しげに談笑している。今だ、その部屋の入り口に近い場所にいたこの僕の事になど、全く気付かぬ様子で、美しく着飾った見知らぬ女性を、幾人も自分の側に侍らせている。

(あいつ・・・)

 この僕の存在に、本当に気付いていないのか、それとも、これも、僕にヤキモチを焼かせたいというあの男の作戦であるのか、いずれにしても、今のこの状況が、僕にとって、非常に面白くない状況である事に変わりはない。

 大体、この僕をここに呼びつけたのはあの男であるのに、その僕を、こんな所に一人で放っておいて、自分は他の女といちゃつくとは、一体どう云う了見だよ?いいよ、そっちがその気なら、僕だって――

「ねえ」
「?」
「よろしければ、あちらの方に参りません?」

 側に立っていたその男の腕に、作り物である自分の胸をわざと擦り付けるようにして、そう誘ってやれば、男は図々しくも、その僕の腰に自分の手をかけてきた。

「・・・・・・・・・・・・・・・・」

 それから、僕は、その男の体にぴったり自分の身を寄り添わせると、会場の奥にいる凛の方に少しずつ近付いていった。会場の中には、豪華絢爛、美しい衣装を身に纏った美女達が沢山いたにもかかわらず、今のこの姿の僕はかなり目立っていたみたいで、男にエスコートされた僕が一歩前に進む度、周りのあちこちから、感嘆の溜息が聞こえた。

 やがて、そんな僕の姿に、その相手が、ようやく気付いて

「真ちゃん!?」

 開口一番、僕の名を叫んだ凛は、自分の周りを取り囲んでいた美女達を押しのけて、真っ直ぐこの僕の前までやってきた。

「やっぱり、俺の思ったとおりだな」
「?」
「そのドレス、真ちゃんにとてもよく似合っているよ」

 そう云う凛も、今日は、いつものカジュアルな服装とは違って、洗練された大人の落ち着きを印象付ける黒のタキシードを着ている。怜人以上に上背のある彼が、こんな格好をすれば、ただ黙ってそこに立っているだけで絵になるというか・・・大体、こいつ、僕と同じ日本人だろ・・・?なのに、どうして、こんなハイソな格好がびしっと決まっちゃう訳・・・?一般人なら、まず間違いなく、違和感があるはずのその衣装を、ここまで完璧に着こなしてしまうこの男って一体・・・

「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「何?」
「いや・・・」

 僕とした事が、凛のその姿にすっかり見惚れてしまっていて

「それはそうと、真ちゃん、彼は?」
「え?あ、ああ」

 彼と、凛がそう指摘したのは、ここに到るまで、僕が、自ら腕を巻きつけていたその男の事である。

「・・・真ちゃん、もしかして、こう云うのが好み?」
「まさかっ」

 そう問われて、咄嗟にその男の腕を放したものの、今の凛の発言は、その相手に対して、随分と失礼な台詞である。なのに、その男は、そんな凛の発言に対して怒るどころか、逆に喜びで目をらんらんと光り輝かせている。

「あの、大変ぶしつけな質問で恐縮ですが、あなた、小早川財閥のご子息の凛さまですよね?」
「そうだけど」
「こんなに間近でお近付きになれて光栄ですっ――私は・・・」

 つい今しがたまで、鼻の下伸ばしてデレデレとしていたくせして、男は、僕の存在などすっかり忘れて、凛の手を自分の両手でしっかと握っている。その男の手を、凛は、ぞんざいに振り払うと

「・・・うざい」
「はい・・・?」
「親父の肩書きに今の俺は全く関係ないから、そう云う邪な目的で、俺に近付くのは、やめてくれない?いずれ、俺のものになる会社ではあっても、今はまだその時ではない。それは、まあ、この先20年後、30年後って話で」
「はあ・・・」
「でも、まあ、真ちゃんに目を付けたあんたの趣味だけは認める。という訳で、彼女は、俺がもらっていくよ」

(!?)

「ちょっと――」

 凛はそう云うと、腕を掴んで掴まえた僕の体を、強引に自分の側に引き寄せた。男は、あっけに取られた顔で、その様子を見詰めていて

「か、彼女は、あなたさまのお知り合いでしたか」
「知り合いも何も、彼女は、俺の――」
「――失礼っ」
「真ちゃん?」
「!?」

 その後にとんでもなく不吉な言葉が続きそうな予感がした僕は、男と凛との会話を無理矢理打ち切って、その凛の体を、男の前から慌てて会場の隅の方に引っ張っていった。

「待って、真ちゃん、一体、どこに行くんだよ」
「どこって・・・どこか二人きりで静かに話が出来る所」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」

 怒ったように僕がそう答えると、凛は、何故か嬉しそうに笑っていて

「ご、誤解するなよっ――別に、僕はそう云う意味で云ったんじゃ――」
「だったら、テラスに出よう」
「?」
「そこなら、誰にも邪魔されず二人きりになれる」
「!?」

 ぼ、僕は別に、この男と二人きりになりたい訳ではなくて・・・

「さあ」

 とは云うものの、今の僕のこの格好では、あまりにも目立ちすぎて、この男とここで本音の会話をする事は到底出来まい。そう思った僕は、凛の誘いに素直に従う事にした。

会場内にさっと目を走らせて、その場所に通じる窓をいち早く見つけた凛は、他者に気付かれぬよう、さりげなく僕をそこに誘導した。





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