■ アネキシリーズ番外編 ■





※このお話は真視点で書かれたお話です。




「やっと二人きりになれたね」
「!?」

 部屋との境界になっている扉をしっかりと閉めきって、中の喧騒を断ち切った途端、待ちかねていたように僕の体に馴れ馴れしく触れてきた凛の手を、僕は、思いっきり邪険に振り払った。

「真ちゃん?」
「一体、どう云う事だよっ、これはっ」
「どう云うって・・・別に――俺は、ただ、真ちゃんをパーティに招待しただけだけれど」
「男である僕に、わざわざこんな格好をさせてかっ」
「こんな格好って?」
「だからっ――」

 ボケているのか、それとも素で本当に分かっていないか、凛はそんな僕の言葉に仕切りと首を傾げている。

「何、真ちゃん、もしかして、そのドレス、真ちゃんの趣味に合わなかった? それで、そんなにも怒っているとか」

 違う――本音を云えば、僕も、このドレスの事は結構気に入ってしまっている。でも、それとこれとは、話が全く別で、僕が今、この男に云いたいのは・・・

「・・・一体、何が目的?」
「は?」

「だからっ、今度は、一体どんな目論見があって、僕にこんな事をする?湊の事なら――」
「目論見なんて、ないよ、そんなの」
「?」
「今日の事に、あんたの弟の事は一切関係ない」
「だったら、何でこんな事を――」
「何でって・・・見たかったから」
「は?」
「そのドレスを着た真ちゃんの姿を、俺が見てみたかったから」

 凛はそれだけ云うと、自分の腕の中に、僕の体をそっと抱き寄せてくると

「ちょ――」
「・・・会いたかった」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
「俺、本当はすごく真ちゃんに会いたかった・・・」

 それまでストーカーのように僕の後を始終付きまとっていた男が、あの日以来、僕の目の前にプツリとその姿を見せなくなった。あの日と云うのは、湊の事で自暴自棄となった僕が、この男に、初めて抱かれた日の事で・・・その日以来、この男が、僕に近付いてこなくなったのは、一度寝た事で、僕に対する興味をすっかり失ってしまったからだと、僕はそう思っていた。

 大体、この男が、会いに来たいのを我慢するようなしおらしいタマか?僕が会いたくないと思っていても、いつも強引におしかけて来ていた男が、今更、そんなしおらしい事をよく云うぜ――もしかして、これも、この男の作戦? 甘い言葉を僕に囁きかけて、僕がすっかりほだされてしまったところを一気に叩きつぶそうという・・・

 あんな事があっても、僕は、まだこの男に自分の気を許した訳ではない。

 あの日の・・・あの夜の事は、僕自身、一刻も早く忘れ去りたい苦い記憶であって

「・・・あの日以来、俺は、ずっとあんたの事を考えていた・・・どうしたら、あんたを、俺の方に本気で振り向かせる事が出来るか、そればかりずっと考えていた。あんたの中から、あんたの弟を、怜人を、一体どうしたら、追い出す事が出来るか――」
「・・・無理だ・・・」

 僕の中から、あの二人の存在を完全に消し去る事なんて、そんなの、絶対に不可能な事に違いない。散々悩んだ挙句、互いに惹かれあう二人の気持ちを認めてまで、僕はあの二人と共に居る事を選んだ。僕に向けられている二人の気持ちではなく、二人に向けている自分の気持ちを大切にしたいと思った。二人が僕を必要としてくれている限り、僕は、自分の感情を押し殺してでも、あの二人の側に居るつもりでいる。

「・・・あんたには悪いが、僕には、あの二人と別れるつもりなんてない――僕は、これから先も、あの二人の側で、自分のやりたいようにやらせてもらう」

 僕をそんな結論に導いたのは、他ならぬ、この男自身なのだ。あの時、この男に抱かれた事で、僕はそんな自分自身の気持ちを再確認する事が出来た。絶対に報われる事のない恋にみっともなくあがく事になろうとも、僕は、やっぱり、自分の弟である湊の事が好き――怜人の事も好き――そんな自分の気持ちに正直に生きようと、あの時の僕は、自分にそう誓った。

「ホントに、どうしようもなく不器用な男だな、真ちゃんは」
「うるさいっ」

 呆れたように凛にそう云われてしまって、僕は、思わず、悪態をついてしまう。

「分かったなら、今後一切、僕の事には構わず、これから新しい出会いを探すんだな。幸い、ここには、あんたの家柄にふさわしい素敵な女性がごまんと居る」

 だから、何?と、凛は、そんな僕の返答に、不快に眉を顰めた。

「沢山女性が居ても、俺に見えているのは、真ちゃんだけだ」
「残念ながら――僕は女性ではないから」
「そんなの、分かっている」
「!?」

 そう呟いた凛の手が、いきなり僕の首に触れてきて

「何?」
「俺からのプレゼント――気に入ってくれたら、嬉しいけど」

 首にずっしりと重たい感覚、どうやら、凛は、自分のポケットから取り出した何かを、僕の首元につけたらしい。

「・・・何、これ・・・」
「何って、ネックレス――そのままじゃ、襟元が寂しいだろう?」
「だから、そうじゃなくって・・・何で、あんたが、この僕にこんな高価なものをくれるかって事」

 いつもの如く、鋭い剣幕で、僕が食って掛かっていっても、凛は相変わらずの涼しい顔で

「何でって、そんなの決まっているじゃん。俺は真ちゃんの事が好きだから」
「!?」
「あんたが誰の事を思っていようと、俺は、あんたの事が好きだから――自分の好きな相手に、贈り物をするのに、いちいちその理由が要る訳?」

 好き――というその言葉に、内心、かなりほだされそうになってしまいながらも、そんな自分を、この男に決して悟らせまいとして、僕は必死だった。自分にとって、抜群に居心地の良いこの腕の中に、あの時みたく、自分の全てを任せてみたいとも思ってしまったが、そんな自分を必死に踏みとどまる。

「・・・僕には、こんなものを、あんたから受け取る理由がない・・・」
「それは、暗に俺の気持ちは受け入れられないって、そう云っているのか?」
「そうだよっ」

 そうだよ・・・僕は、こんな男の事など、何とも思っていない――あの時、たった一度だけ、自分の気持ちを受け止めてもらったからって、こんな最低な男の事を、簡単に好きになったりなんかしない・・・考えてもみろよ・・・初めて、僕達兄弟に会った時、こいつは、僕に一体何をした・・・?僕の大切な弟である湊の体を盾にとって、僕に無理矢理関係を迫った・・・およそ、善人とは大きくかけ離れた男のそんな行動を、僕は未だ許した訳ではない。どんなに優しくされようとも、あれがこの男の本質だと思っている。そんな男に、僕が惚れる訳なんか――

「・・・嘘吐き」
「は?」
「真ちゃんだって、俺が気になってしょうがないくせに」
「な・・・」

 本心をズバリ云い当てられてしまって、激しく狼狽する僕に、凛は、最高の笑顔でにっこりと笑いかけてくる

「人の厚意は、黙ってありがたく受け取っておくものだぜ」
「受け取れる訳ないだろうっ、こんな高価な――」
「何なら――」

 そう云いざま、僕に向かって伸びてきた凛の手を、僕は拒めずにいた。

「!?」

 凛はその姿勢のまま、僕の体を、再び自分の腕の中に取り込むと、僕の耳に自分の唇を押し当てて、優しい声色でそっと囁きかけてくる。

「何なら、その代償をきちんと払ってもらってもいいけど――とは云っても、あんたにあるのは、その身一つだけで――」

(!?)

 そう云い掛けた相手の顔に、僕は、発作的に手をあげてしまっていて

「おっと」
「!?」

 その瞬間、僕の体から素早く自分の身を引いた凛が、逆にその僕の腕を捉える。骨が砕けそうなほど、手首を強く握りこまれて、僕は堪らず悲鳴をあげた。

「痛いっ」
「顔を殴られれば、俺だって痛い」

 凛は、笑いながらそう云って、掴んだ僕の手を放してくれたけれども

「全く、そんなナリをしているというのに、とんだじゃじゃ馬だな、真ちゃんは――ま、そこが、真ちゃんの良いところでもあるんだけど」
「変態っ!!」

 そんな僕の悪態など、ものともせず、凛は、掴んだ腕ごと、僕の体を自分の胸の中に強く抱き込んだ。

「なあ」
「?」
「このまま二人で、どこかにふけない?真ちゃんさえ良かったら、この上に部屋を用意しているのだけれど」

 そんなふざけた提案に、この僕が素直に承知出来るはずなどなく

「誰が、お前なんかと――」
「真ちゃんなら、きっと、そう云うと思った。でも――」
「!?」

 次の瞬間、自分の上に落ちてきた口付けを、僕は、実にさり気ないタイミングで、自然と受けとめてしまっていた。

「・・・ん――」

 湊じゃあるまいし、体が己の意思を無視して、勝手にこの男の口付けに応えてしまう今の状況を、堪らなく悔しく思った。過去、この男の弟である怜人に、女として抱かれていた僕ではあるが、今では、湊の立派な男だ。男として、その体をじっくり楽しませてやる術も、しっかりと心得ている。その僕が、女として、この男の体に感じてしまっている今のこの状況は、自分にとって、ひどく屈辱的な事態であった。

「は・・・」

 歯列をこじ開け、中に入り込んできた凛の舌に噛み付くどころか、僕は、それを自ら進んで自分の中に迎え入れてしまっていた。ベルベット生地を思わせる滑らかな感触を持つ柔らかな舌は、巧みな動きを持って、その狭い空間を絶え間なく行き来している。その舌に自分の舌をきつく吸い上げられ、軽い酸欠状態となってしまった僕は、そのまま、ぐったりとなった自分の体を凛の腕に預けてしまっていた。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 予めこうなる事を予測していたのか、そんな僕の姿を見て、凛は非常に満足げな顔で微笑んでいて

「大丈夫?真ちゃん」

 薄ら笑いを浮かべて僕を見つめるその相手の顔を、平手で思いっきり引っ叩いてやりたいと思ったが、当然の事ながら、今の僕にそんな気力はなく、ただ涙目となって、その相手を睨みつける事しか出来ない。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 そんな僕に対して、凛は

「真ちゃんにそんな目で見つめられたら、俺も堪らなくなる」
「!?」

 別に僕は、自分から意図して、この男を誘っている訳ではない。男の顔を見つめる僕の目が自然と潤んでしまうのは、近眼で、目のピントがうまく合っていないからであって
「――帰るっ」

(!?)

 腹立ち紛れにそう叫んで、男の腕の中から抜け出したものの、普段、履き慣れていない踵の細いヒールに、自分のドレスの裾を引っ掛けてしまった僕は、思わず、その場に転びそうになった。凛は、咄嗟にその僕の腰を掴むと

「危ないっ」
「わっ」
「真ちゃんっ!?」

 勢い余った僕は、そのまま、前につんのめって、凛の体もろとも、その場にひっくり返ってしまう。僕を庇った為、その下敷きとなって、床に自分の体をしたたかにうち付けてしまった凛は、その痛みに大仰に顔をしかめていた。

「つ・・・」
「ごめんっ、あの――」

 すぐに助け起こそうとして、差し延べた僕の手を、逆に凛の方向に引っ張られて、僕達は、その姿勢のまま、床の上で抱き合う形となった。

 自分の体勢を立て直す間もなく、下方に向かって伸びてきていた凛の手が、ドレスの布地の上から、僕のお尻にある二つの膨らみをしっかりと捉えてしまっていて

(!?)

「――ちょっと、どさくさに紛れて、一体どこ触っているんだよっ」
「どこって、真ちゃんのお尻」
「!?」

 何事もなかった顔で、飄々とそう答えたあと、凛は、自分の両手を使って、その二つの膨らみを巧みに揉みしだいてくる。既にその感覚を知ってしまっている僕の体が、その刺激を無視出来るはずなどなく

「ちょっと、やめろよっ――こんな所で、や・・・」
「だったら、上の部屋に行く?」

 相手の腹にそれとなく触れてしまっている自分の腰のものが、少しずつ熱を帯びて、その形を変えつつある。タイトなシルエットのドレスを着ている今の僕にとって、それは、あまりにも危険極まりない状態であって

「やだっ・・・」

 ドア一枚隔てた場所にあるパーティ会場では、いまだ沢山の人達が、その宴席を楽しんでいるというのに、その状況を無視して、こんなきわどい場所で、こんな大胆な行為に及べるこの男の気が僕には全く知れない。やがて、その男の手は、ドレスの脇深く入っていたスリットから、中に忍び込んできて、直接僕の足に触れた。その途端、僕は、自分の腰を強く震わせてしまっていた。





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