■ アネキシリーズ番外編 ■





※このお話は真視点で書かれたお話です。



「ああっ」

 穿いていたストッキングの上から、その感触を十分楽しんだ後、その手は、早速それらの中に入ってきた。

「なっ――」
「どうする?何なら、ここで裸になるか?」
「!?」

 どうあっても、凛に、この行為を途中で止める気はないらしくて

「馬鹿っ、変態っ――今、この瞬間に大声を出して、人を呼ぶぞっ」
「そうされて困るのは、俺ではなく、真ちゃんの方だと思うんだけど」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 確かに、今のこの状況では、凛の云うとおり、どう見ても、僕の方が、分が悪い。

「女であるはずの真ちゃんに、絶対にあるはずのないその腰のモノを、騒ぎを聞きつけて集まった周りの人間に、一体どう云って説明するつもり?まさか、自分は、男だって、周りのみんなに、自分から、そうバラすつもりか?」
「!?」

 元より、僕にそんな気は少しもないが、かと云って、このままこの男の意に従う事を、人一倍プライドの高い僕が、素直に承知出来るはずなどなく

「ひ、卑怯だぞ、こんな・・・」

 などと、僕が喚いている間にも、その手は、下着の隙間をかいくぐって、僕の分身をじかに握り込んでくる。その刺激に、僕は堪らず、悩ましい声をあげてしまっていた。

「ああっ」
「とか何とか云っている真ちゃんも、そろそろ限界かな?――こういう時、スカートって便利でいいよな」
「つっ・・・」

 そりゃあ、僕だって、過去、怜人と付き合っていた頃は、そう思って、このシチュエーションを結構楽しんでもいた。けどさ、けど

 いや・・・この不自然な体勢だからこそ、いつも以上にその刺激を感じてしまうのか――

「や・・・」

 自分一人の力で体の重みを支えきれなくなってしまった僕は、とうとうその身を、自ら男の体に摺り寄せてしまっていて

「・・・やっぱ、あんたって、最高だな。ここまで、俺を楽しませてくれる相手は、そうそういないぜ」
「!?」

 分かった、分かったから、早くこの続きを――そう願う僕の意に反して、男の手が、そこから素早く抜き取られると

「へ・・・?」
「さてと、それじゃ、俺はそろそろパーティの会場に戻るとするか」

(!?)

 なんて――僕の体を優しく床に下ろしながら、自分の上体を起こして、それまでの事は何もなかったかのような爽やかな笑顔で、いきなりそんな事をのたまうその相手の顔を、僕は、信じられない思いで眺めた。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 この男、ここまで僕の体を盛り上げておきながら、僕の痴態に自分は何も感じていなかった訳?さっき、部屋に行こうと誘ってきたのは、この男のくせして、僕がようやくその気になりかけた途端、自分はもう素知らぬ顔をしている。高めるだけ高められてしまったこの体を、ここで見捨てられてしまって、僕にこの先一体どうしろと――

「な・・・」
「どうした?真ちゃん」

 目立つ股間を押さえて、その場にしゃがみ込んだ僕に、凛はわざとらしい質問を投げかけてくる。

「いつまでもこんなところに居たら風邪をひいちまうぜ。真ちゃんも俺と一緒に中に入るか?」
「だ、駄目っ――」

 今は、というか、せめてこの股間の膨らみがしおれるまで、僕はここを動く訳にはいかない。

「行きたかったら、自分一人だけで、どこにでも行けよっ」

 苦し紛れに、そう叫んでやると、凛はその僕の顔を苦笑いして見ている。

「・・・ホント、素直じゃないよな、あんたって。助けて欲しいないのなら、助けて欲しいって、正直にそう云えばいいのに」
「だ、誰がお前なんかにっ・・・」
「ま、そんな風に突っ張る真ちゃんも、俺は好きだけど」
「!?」

 そう呟いた凛の唇が、僕のそれに再び重ねあわされようとした、まさにその刹那

「凛さま?そこにいらっしゃるの?」
「!?」

 会場とその場所とを隔てている豪奢なガラス戸が、不意に開かれたかと思うと、見目形麗しい人形のように愛らしい少女が、そこから飛び込んできた。

「凛さま!?」

 歳は僕より一つか二つぐらい上だろうか。僕とは対照的に、真っ黒のドレスに身を包んだその女性は、そこいらでは滅多にお目にかかれないような、なかなかの美人である。

 だが、その女性の顔を見た途端、凛はチッと悔しげに舌を鳴らした。

「凛さま、先程から、みんなが手分けしてあなたを探していてよ。パーティの主賓が、こんな所に居らしては、場が台無しですわ。ところで、そちらの方は?」

 と、その女性は、僕に対して、あからさまに挑戦的な視線を向けてくると

「どちらのお嬢さまかは知りませんが、この私の目を盗んで、泥棒猫みたいな真似をするのは、やめていただけないかしら」
「はい?」
「おいっ、真珠(まじゅ)

 凛の咎めに耳を貸さず、その女は、そのまま自分の話を続ける。どうやら、彼女は、この僕の事を、凛の家柄を目当てに群がる害虫か何かと勘違いしてしまっているらしい。

「・・・あなたは?」

 逆にそう尋ねた僕に、その女性は誇らしげに自分の胸を張ると

「私は、親同士が決めた、凛さまの婚約者ですの」
「!?」
「と云う訳で、凛さまに二度と馴れ馴れしく近付かないでくださる?」

 今の彼女の言葉で、熱を持って火照っていた自分の体が、一気に冷めてしまっていた。凛の婚約者だというその女性の不意の出現に、僕の心は、自分が思っていた以上に激しく動揺してしまっていて

「・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・真ちゃん?」

 金持ちの息子である以上、凛にそんな間柄の女性が居ても、別に不思議でも何でもない。ただ、僕がその事を非常に悔しく思ってしまっていたのは、凛の婚約者だというその女性が、女装した僕とタメを張れるほどの美人だったからであって

「・・・こんな男・・・熨斗付けてあなたに差し上げますわ・・・」
「は?」
「こんな男、少しも私の趣味じゃありませんものっ」

 やっとの思いでその場から立ち上がった僕は、素早くそれだけ云うと、二人をその場に残して、そこから自分だけ出て行こうとする。その僕の背中に、凛が慌てて追い縋ってきて

「おいっ、待てよっ、真ちゃんっ」
「放してっ!!」

 その手を振りほどこうとして僕がもがけばもがくほど、凛は、ますます意地になって、その手を掴んでくる――そのうち、その僕の手を自分の方に強引に引っ張ると

「来いよ」
「え・・・」
「いいから、早く――」
「凛さまっ!?」

 彼女が止めるのも聞かず、僕の手を引いたまま、一度会場の中に戻った凛は、そこに居た大勢の客達の存在を無視して、部屋の中央を突き抜けると、外に向かって、その歩みを進めた。そんな僕達の姿にその場所に居た周りのみんなが、一斉に注目している。

「ちょっと、おいっ」
「いいんだよ」
「!?」

 いい・・・?いいって、一体、何が・・・?そう問い返す間もなく、僕の体は、ホールに到着したばかりのエレベーターの中に突っ込まれてしまっていて

「な・・・」

 僕達二人を乗せたその箱は、超高速スピードで、ぐんぐん上階へと上がっていく。僕はいまだその事を承知した訳でもないのに、凛の目指す先は――

「ほら、着いたぜ」
「!?」

 過去、二度ほど連れてこられた事のあるその部屋は、この男の家が、ここのホテルと個人的に契約している小早川家のプライベートルームだ。

「どうして、僕があんたに連れられて、こんな所に来なくちゃならないんだよ――恋人が居るのなら、こんな所にわざわざ僕を連れてくる必要は・・・」
「恋人じゃない」
「は?」
「あいつも云っていたが、あれは、互いの会社の利益を守る為に、親同士が勝手に決めた相手だ」
「それでもっ――」
「真ちゃん?」

 一体、何を思って、自分はこんなにも熱くなってしまっているのか、その事で凛を詰る今の僕は、らしくもなく平静を失ってしまっている。こんな男の事など、自分は何とも思っていなかったはずなのに、その婚約者を名乗る女性が出てきた途端、僕はこんなにも苛々としてしまっていて

「て云うか、真ちゃん、さっきから、何一人でムキになって怒っているのさ?」
「僕は別に怒ってなんかいないっ」

 真っ赤な顔となって、その相手を睨みつけていた僕の顔を、凛は真上から覗き込むようにして眺めてくる。

「なあ」
「?」
「もしかして、それってヤキモチ?」
「真ちゃん、あいつにヤキモチをやいてくれているとか」
「!?」

 あいつ――と、凛があの女の事を親しげにそう呼ぶ事からして、僕には不愉快極まりない事であって

「ぼ、僕は別に――」
「感激だな」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」

 その言葉を、僕が力いっぱい否定出来なかったのは、その時の凛が、とても嬉しそうな顔をしたからで

「だったら、俺達がこうなる事に何の問題もないよな」
「!?」

 凛はそう云うと、直立不動の姿勢のままその部屋の入り口に立っていた僕の体を、迷わずベッドルームまで引き摺っていくと

「ま、待って」
「何だよ、真ちゃん、あいつの事について、まだ何か不服がある訳?」

 いや・・・あの女の事についてではなく、これから行われるだろうその行為について、不服がある訳で

「・・・真ちゃん」
「だからっ――」

 自分には全くその気がないという事を、この男に一体どうしたら分かってもらえるのか――このまま、この男にキスをされてしまえば、いつかの時みたく、僕がその雰囲気に流されてしまう事は必定で、そうなると、僕は、また、なし崩し的にこの男と体の関係を持つ事になってしまう。

 体の欲望に自分の意思が打ち勝てなくなるなんて、湊じゃあるまいし、そんなの、僕は絶対に認めたくない。自分の気持ちに、しっかりとケリをつけた訳でもないのに、湊以外の相手と、このままズルズルと関係を持ちたくない。中途半端は、僕が一番嫌いな事で

「だから、嫌だってっ」
「!?」

 そう叫んだ瞬間、僕は、自分にしつこく云い寄ってくる凛の体を、自分が押し倒されたベッドの上から乱暴に突き飛ばしてしまっていた。

「真ちゃん?」
「僕の事を一度寝たぐらいで何度も寝られるような手軽な相手だと思うなっ――僕は、お前の事なんか――」
「好き――だろ?」
「!?」
「て云うか、かなり好きになりかけている。だからこそ、俺に自分の体を許せないんだろう?」
「そ、それは・・・」

 ばっちり図星を云い当てられてしまって、変に口籠る僕を、凛は、目を細めて見ていて

「そのツッパリが、如何にもあんたらしいや」
「ぼ、僕は別に・・・」
「自分に強がるのもいいけど、それも大概にしておいた方がいいぜ。でないと、いつか本当に取り返しの付かない事になる」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 こんな風に、どうして、この男は、いつも僕の本心をズバリと見抜いてしまうのだろう・・・?固い鎧で覆われた僕の心は、他人には決して見えないものであるはずなのに・・・自分の弱さを他人に知られてしまう事を、僕は何よりも恐れていて

「ま、今日のところは、真ちゃんのその強い意志に免じて、何もしないでおくよ。俺としては、残念でならないけど・・・それに、ここで、俺が真ちゃんに無理強いをしたら、せっかくの美女も台無しだ」

 とは云ってくれたものの、これまでの過程で、僕のこの姿は、既にかなりヨレヨレとなりつつあるのだが・・・

「何のかんの云っても、ようやくこうして二人きりになれた事だし、せっかくだから、シャンパンでも飲むか?」
「シャンパン!?」
「二人きりの記念の夜に、真ちゃんも付き合えよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 それのどこがシャンパンを飲むほどに目出度い事であるのか、僕にはよく分からなかったのだけれど、僕は、その凛の言葉に素直に頷いてしまっていて

「うわ・・・」

 その後、案内されたダイニングルームで、ナイフを器用に使って、その蓋を開ける凛の手元を、僕は目を輝かせて見ていた。やがて、その壜の先から、ポンという軽やかな音と共に、コルクで出来たその蓋が飛ばされると、その壜の先から、薄い琥珀色の液体が勢いよく迸り出てきて

「!?」

 ソムリエさながらのスマートな仕草で、凛は、その壜の中の液体を、テーブルの上に並べられた二つのグラスに手際よく注いでいく。

 部屋の淡い照明を受けて、グラスの中ではじける小さな泡が、その狭い空間で華麗なダンスを踊っているようにも見える。その幻想的な光景に、僕はすっかり見惚れてしまっていて

「真ちゃん」
「?」
「ほら、これ、真ちゃんの分のグラス」
「・・・ああ」

 渡されたグラスを手に持つと、凛は、その僕のグラスに自分のそれを軽く打ちつけてきた。

「乾杯」

 チリンと、ガラスと打ち付けあう小気味よい音が、辺りに響き渡る。部屋の前面に広がる大きなガラス窓から見える外の景色が、この甘い雰囲気を、よりいっそう盛り上げてくれる。

「綺麗・・・」

 最上階から見下ろす夜の街の美しさに、思わず、そう呟いてしまった僕に、凛は

「夜景なんかより、俺には、自分の目の前にいる真ちゃんの方が、よっぽど魅力的に見える」
「――!?」

 その凛の言葉に、僕は、自分の心臓のど真ん中を、ずぎゅんと打ち抜かれてしまっていて

「真ちゃん?」

 次の瞬間、僕は、自分の手にしていたグラスの中身を、一気に飲み干してしまっていた。当たり前の事だが、未成年である僕にアルコールに対する耐性があるはずなく

「真ちゃん?おいっ、真ちゃんったら――」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 残念ながら、この現場における、そこから先の記憶が、僕には全くない。

 次に僕が目覚めた時には、普段どおり、自宅のベッドの上で、ちゃんとパジャマを着て眠っていて





■■■






「・・・?」
「真!?良かった、やっと気が付いた」
「湊?」

 心配顔で僕を案じていた弟の顔を見て、自分の体を起こそうとした途端、えも云われぬおぞましい感覚が僕を襲った。

(!?)

「・・・真?」
「・・・気持ち悪い・・・」
「真!?」

 僕の身を案じて肩に手をかけてきた湊を突き飛ばすようにしてベッドを降りた僕は、そのまま階段脇にあるトイレに駆け込むと、自分の胃の中身を全て吐いた。がんがんと割れるように痛む頭を抱えて、ふらつく足でその場所を出てきた僕の体を、側に駆け寄ってきた湊がすぐさま支える。

「大丈夫?真」
「ああ・・・」

 一体全体どうしてこんな事になってしまったのか、肝心の記憶が、僕には欠けてしまっている。その足りない記憶の部分を、湊が、たどたどしい口調で一生懸命に説明してくれた。

「全く・・・酒なんて、普段飲み慣れないものを一気に飲んだりするから・・・」
「・・・それって、僕の事?」
「そうだよっ、柄にもなくへべれけに酔っ払って帰ってきて、昨日は大変だったんだから――あの男が、ちゃんと家まで送ってくれたから良かったようなものを・・・」
「・・・あの男って、もしかして、凛の事?」
「もしかしなくても、凛」
「!?」

 湊にそう云われて、何かろくでもない事でもされてしまったのではないかと、慌てて自分の体を確かめてみたが、そんな痕跡はどこにもなく

「大体、あいつと真って、一体、いつからそんなに仲良くなったのさ。二人揃って、ホテルで食事だなんて・・・」
「分かった、分かったから、湊――もう少し、抑えた声で喋って」

 幸い、女装の一件は、湊にバラされていなかったようで、どうやら、僕は、町を歩いていた折、偶然出会ったあの男と、都内にあるホテル内のレストランで食事をして帰ってきた事になっているらしい。その際、飲み慣れない酒を飲んで、意識をなくしてしまったらしくて

「・・・僕、ちゃんと制服着て帰ってきた?」
「当たり前の事、訊くなよ。制服以外に一体何を着て帰ってくるというのさ。ほら、真の制服なら、ちゃんとここに――」
「!?」

 そう云って手渡された自分の制服のポケットに、僕はあるものの感触を感じて

(あいつ――!?)

 こんな高価なもの、僕は受け取れないと云ったのに、どうやらあの男は、僕にプレゼントした宝石を、僕の制服のポケットにこっそりと忍ばせていたようだ。

「真?どうかした」
「・・・いや」

 これは、あの男の作戦・・・?これがここにある以上、僕は、これを返す為に、自分からもう一度あの男に会いに行かなくてはならない訳で・・・

「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「とにかく、酔いが醒めるまで、おとなしくここで寝ていろよ。今日一日は俺が真の面倒をみてやるから」

 なんて、得意げに胸を張って、柄にもなく張り切った台詞を吐く弟の体を、僕は、自分が寝ていたベッドの中に早速引きずり込んでやった。

「じゃ、よろしく頼むよ」
「え?・・・よ、よろしくって・・・」
「だから、今日一日は、湊が僕の面倒をみてくれるんでしょう?」
「面倒って、真・・・わ〜、馬鹿っ、馬鹿っ、一体、何考えているんだよっ」
「湊・・・声でかい・・・つぅか、もっと優しくして?」
「あんっ、真・・・ちょっ・・・やだっ――」

 怜人抜きで、久しぶりに二人だけで迎えた休日の朝、嫌がる弟の体を組み敷きながら、二日酔いで痛む頭で、僕は密かにあの男の事を考えてしまっていた。



Fin



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