■ 理学療法士 番外編 ■


    OVER  TIME             ACT.11





「!?」
「・・・慎くん?」

 男達が現場にいなくなった今になって、体に激しい震えが走る。

 男達に無理矢理組み敷かれていた田口の姿が、在りし日の自分の姿と重なって、当時の記憶が一斉にフィードバックしてきた。

「・・・いや・・・」
「慎くん?」
「いやだっ、やめろっ、こっちに来るなっ」
「慎くん、どうしたの?落ち着いてっ」

 急に真っ青な顔となってガタガタと震えだした俺の体を、田口はその腕で優しく抱き締めてくる。

 パニックとなった俺が落ち着くまでの間、自分の掌でずっと俺の背中を擦ってくれた。

「・・・・・・・・・・・・・・・・」
「大丈夫だから、ここに君を傷付ける者は誰もいないよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」

 俺は、もうあの時の小さな子供ではない。今の俺は、自分の身ぐらい自分で守る事が出来る。

 剥き出しの肌から伝わる田口の温もりが、とても心地良く感じられた。

 本来、俺は他人とのこういうスキンシップが嫌いなはずなのに

 それが、今は、差し延べられた田口の手に自分から縋ってしまっていた。

 傷付けられたのは、俺ではなく、田口の方なのに

 これでは、お互いの立場が全く逆になってしまう。

「・・・大丈夫だよ、慎くん」
「!?」

 何が大丈夫なものかと――ふと、我に返った瞬間、自分の中に再び抗いがたい怒りが込み上げてきた。

「慎くん?」
「・・・一体、何があったんだよ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」

 ようやく自分を取り戻して、そう尋ねた俺に、田口はだんまりを決め込む。

 深く頭を垂れ、何も答えようとしない田口の肩を、俺は強く揺さぶった。

「おい、黙っていないで何とか云えよっ、おいっ」

 強情に、田口は、きつく唇を噛んで、俺の質問に黙っていた。

 俺からわざと目を逸らして、そっぽを向いている。その頬に、一筋の涙が零れ落ちた。

「田口?」
「・・・別にたいした事じゃないよ」
「別にって、何だよ、それはっ」
「だから、別に――何もなかったから、別にって云ったんだよ」

 そう云って、俺の前で頑なに虚勢を張ろうとする田口の声は、わずかに震えていた。

 同じ男として、その事を俺に云いたくない田口の気持ちも分かるが、それでは何の解決にもならない。

「おい」
「?」
「あんた、あいつらにレイプされていたんだろう?」

 俺がそう云った途端、田口の顔色が真っ青に変わる。

「違うよ、そんな・・・」
「違わないだろうっ、あんたが素直にあいつらの云う事を聞かないから、あいつら、力ずくで無理矢理――」
「やめてっ」
「!?」
「・・・頼むから、もうやめて・・・」

 俺の言葉を田口の突然の叫びが遮る。もうこれ以上聞きたくないという風に、田口は自分の両耳を手で覆った。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・悪い・・・無神経だったな、俺」
「・・・こんな事・・・たいした事じゃない・・・」
「田口?」
「・・・こんな事、俺は全然何とも思っちゃいない。俺は強い男なんだから、これしきの事――」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」

 そこから先は言葉となって、なかなか唇から出てこない。代わりに出てきたのは、声を押し殺したような深い嗚咽で

「・・・田口」
「・・・平気な訳ないだろう・・・本当はすごく嫌に決まっている・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「好きでもない男に、こんな乱暴な事をされて、それで嬉しい訳ないじゃん。あいつら、みんな、俺を誤解している。そりゃあ、俺はセックスが嫌いじゃないけど、俺だって誰彼構わず足を開いている訳じゃない。自分が寝る相手は、自分でちゃんと決めるし、これまでだってずっとそうしてきた。セックスって云うのはさ、相手を思い遣る気持ちがあって、初めて成り立つ行為であって、決して独りよがりの行為じゃない。肝心なその相手の同意が得られなくちゃ、そんなの暴力と同じだ。それを力で相手を無理矢理ねじ伏せて乱暴するなんて、そんなの人間として最低の事だと思う」

 その最低の事を、これまでこいつが許してきたのは、全てチームの為か・・・?

 そこまでして、こいつは一体何を守ろうとしていたのか。

「・・・本音」
「え・・・?」
「あんたの本音、今、ようやく聞けたな」

 俺がそう云うと、田口は泣き顔をぐしゃぐしゃにして笑った。

「何か慎くんには、いつもまずいところばっか見られちゃっているね」

 傷一つなかった田口の美しい顔をこんなにひどく殴りつけるなんて、あいつらは人間のクズだ。

 殴られて赤く腫れ上がった田口の頬に、俺はそっと自分の掌を当てた。

「痛むか?」
「少し」
「すぐに冷やした方がいい」
「自分でするよ」

 そう云って、田口は、すぐさまその場から立ち上がったものの、自力で自分の体を支える事は叶わなかった。

「田口っ」
「ごめん」
「いいから、お前はこのままじっとしておけ」

 見れば、足の間にある小さな穴は無残にも裂けてしまっていた。

 太股にべっとりとこびりついた赤い血が、その傷の酷さを如実に物語っていた。

 一体、どれだけの時間、その場所を酷使され続けていたらそうなってしまうのか、経験のない俺には全く想像がつかない。

「・・・見ないで」
「え・・・」
「恥ずかしいから、そんなにじろじろと見ないでよ」
「ごめんっ」

 相手にそう指摘されるまで全く気付かなかったのであるが、俺は無意識のうちに田口のその部分をじっと凝視してしまっていたらしい。

「別にいいけどさ、慎くん、こういう事に対して全く免疫がないから、かえって気持ち悪いんじゃないかと思って」
「え?」
「俺は別にいいんだよ。こういうの慣れているから。男にレイプされたのも別に今が初めてじゃないし、あ、それは、君も知っているか」

 自虐的にそう云って笑う田口の体を、俺は発作的に自分の胸に抱き寄せてしまっていた。

「慎くん?」
「慣れているなんて・・・自分でそんな事云うなよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「嫌なら、本気で暴れて抵抗しろよ」
「もちろん、したさっ」
「!?」
「でも、あいつら、多勢に無勢って感じで、嫌がる俺の体を無理矢理押さえつけて強引に挑んできやがった」

 その事は、今の田口の姿を見たら一目瞭然で分かるはずなのに、俺は、今更何を云っているのだろう?

「・・・嫌なんだよ、俺は」
「慎くん?」
「こんな風にあんたが他の男に抱かれるのが、堪らなく嫌なんだよっ」
「え・・・」

 自分でそう云ってしまってから、なるほどそうだと思った。

 俺は、こいつが他の男に抱かれる姿を見るのが堪らなく嫌なのだ。

 たとえ、その行為がレイプじゃなかったとしても、こいつの体を俺以外の人間に触れさせたくない――

「・・・慎くん、それは、一体どう云う・・・」

 その言葉を聞いた田口が、鳩が豆鉄砲を食らったような顔で俺を見てきたが、俺自身、自分の中にそんな気持ちが芽生えてしまっていた事に驚きを隠せない。

 その事を誤魔化すように、俺は自分から田口の体を放した。

「冷凍庫に氷はあるか?」
「え?あ、うん」
「ちょっと台所借りるぞ」

 洗面所にあったタオルを湯に浸して、それで体を拭く準備をした。

 冷凍庫を開けると、中に氷嚢が入っていたので、顔を冷やすのにそれを使う事にする。

 とにかく、ずっとこのままと云う訳にもいかなかったので、俺は抱き上げた田口の体を寝室に運んだ。

「いいから、お前はここでじっとしておけ」
「慎くん?」

 寝室のベッドの上に田口を載せて、再び台所に戻る。そこで先程用意したタオルと氷嚢を持って、田口の元に帰った。

「これで、体を拭いて」
「・・・ありがと」
「顔もすぐに冷やした方がいい」

 男同士とは云え、直接裸体に触れる事は憚られたので、俺は田口にタオルを手渡して、その様子をじっと見つめていた。

 慣れていると自分でそう云っていた通り、田口は一人で着々とその後始末をしていたが、俺にはそれがかえって痛々しく感じられた。

「ごめん、慎くん、こんな事にまでつき合わせちゃって」
「別にいいさ、そんなの。それよりもさ、俺に他に何か出来る事はあるか?」

 じゃあと、田口は俺にリビングにある救急箱を持ってくるよう頼んできた。

 ついでに、台所に寄って、水を一杯くんでくるように云う。

「OK、分かった。ちょっと待っていてくれ」

 それから、俺は、奴に云われたとおり、リビングにあった救急箱とコップ一杯の水を持って寝室に戻った。

 その間、俺が自分の視界から消える事にホッとしたのか、俺が再び部屋に戻った時、田口はベッドの上でぐったりしていた。

(!?)

「おい、田口、大丈夫か?」
「・・・慎くん」
「お前、これ、すごい熱じゃないかっ」

 ここに来て緊張の糸がプツリと切れてしまったのか、俺の呼びかけに一度目を開けたきり、そこで田口の意識はプツリと途切れてしまう。

 弱々しい息を吐いて、ベッドにぐったりと横たわる田口を前に、俺は一人ひどく慌てふためいていた。

「おいっ、田口っ、しっかりしろよっ」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「おいっ、おいったら」

 熱があるときはとにかく冷やすに限る。そう気付いた俺は、先程用意した氷枕を、田口の首の下に当てた。あとは、あとは、えっと・・・

 一人息子で、周りの人間から蝶よ花よと育てられてきた俺は、これまで人の看病をした事など一度もない。

 そこで、俺は牟田先輩に連絡を入れ、その指示を仰ぐ事にした。

 この時間、先輩はあいつの側でくつろいでいるかもしれないが、そんな事を今更気にかけている場合ではない。

 携帯に連絡を入れると、思っていた通り、先輩はなかなか電話に出てこなかったが、やがて

『はい』

「先輩!?」

『なんだ、慎かよ。どうした?こんな時間に。お前、今、潤の部屋に行ってくれているんじゃなかったのかよ?』

「それが・・・」

 と、俺は自分が今おかれている状況を、かいつまんで先輩にしたが、その俺の説明がまだ最後まで終わらぬうちに、先輩は自分から電話を切った。

『分かった、今から30分ほどでそっちにいくから、とにかくそこで待っていろ』

 それから、先輩がこの部屋に到着するまでの間、俺は神に祈るような気持ちで田口に付き添っていた。

 相当熱が高いのか、苦しげに顔をゆがめ、田口はしきりにうわ言を云っている。

 額に浮かび上がってくる玉のような汗を、俺は度々拭い取ってやった。

「しっかりしろよ、田口。もうすぐ、ここに先輩が来てくれるから」

 こんな時、自分一人では何もする事が出来ない世間知らずの自分を、俺はひどく恥ずかしく思った。

 いっぱしの大人の顔をしておきながら、俺はなんと無力な人間なのだろう。

 この手で、自分が大切に思う人一人救う事が出来ない。

 祈るような気持ちでその側に付き添っていた俺の耳に、来客を告げるインターフォンの音が入ってきた。

 出迎えには出ず、寝室で待っていると、やがて、そこに先輩が入ってくる。



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