2009年度夏休み特別企画 その2

JOKER 番外編  

LOVE MOTION


※このお話は『JOKER』の脇キャラ拓馬×俊哉のお話です。
本編が始まる随分前のお話になります。
作中に出てくる馨の彼女はもちろん由香さんの事です。
以上の事を踏まえてどうぞご覧ください。


 大切な用事があるから、仕事の残業はせず早く帰ってくるようにとの恋人からの連絡を受け、俊哉は自宅へ向かっていた。

 時刻は夕方のラッシュ時、いつも以上に混んでいる電車の中には浴衣姿の女性が数多く居る。

 そういえば今日は駅近くにある河川敷で大きな花火大会がある日だと、ふとその事に思い至る。

 子供の頃、共に外出する事のほとんどなかった父に連れられて、弟と一緒に花火を見に行ったのは、一体いつの事だっただろうか。

 人混みの中で弟が迷子になり、警察官という職業柄、普段は滅多に動じる事のない父が、ひどく慌てふためいて弟を捜していた姿を、俊哉は今でもよく覚えている。

 近くの交番の警官と共に辺りを駆けずり回って、やっとの思いで見つけた弟は、人の波から外れた場所で一人ぽつんと花火を見ていた。
 
 自分が迷子になった事にも気付かず、次々と夜空に打ち上げられる色とりどりの花火玉を無邪気な笑顔で見上げていた。

 いつもならそこで拳骨の一つでも食らわしていたはずなのに、その日の父は無事発見した弟を怒らず、ただ無言で自分の腕の中にじっと抱きしめていた。

 その弟も、今では立派に成人し、俊哉や父と同じ警察官になった。

 七年前に父が殉職した折、俊哉は大学生であったが、あまりにも突然の事にすっかり気落ちしてしまった母に代わって、それからずっと懸命に中川の家を支えてきた。

 心労の為か、その半年後、父の後を追うようにして母も亡くなり、俊哉と弟はこの世でたった二人きりの家族となってしまった。

 両親にかけていた保険金がそこそこ下りてきたので、生活の事は何の心配もなかったが、親がいない事で他人に後ろ指を差される事がないよう、俊哉はこと弟に関しては過剰なほど気を配ってきた。

 その結果、弟の馨は、兄の贔屓目を抜きにしても、どこに出してもおかしくない立派な人間に育ってくれたと思う。

 聞きなれた駅名が車内でアナウンスされ、俊哉は人波に押し流されるようにして、そこで電車を降りた。浴衣姿の女性達に混じって、改札を通り抜け、足早に帰路を急ぐ。

 辺りに迫り来る夕闇が、お祭りムードの街を少しずつ覆っていく。駅前にある大きな商店街から一本裏道を入った場所に俊哉の恋人が経営する店がある。

 五階建ての雑居ビルの地下が恋人の経営するスナックで、俊哉達は同じビルの上階に二人で部屋を借りて住んでいた。

 祭りの日は稼ぎ時で、恋人は開店の準備の為、店にいるに違いない。そう思った俊哉は、部屋には帰らず、先に店に寄っていく事にした。

 地上から店へと続く階段を下りて、店のドアを開けようとした俊哉の目に張り紙に書かれた文字が入ってくる。

 臨時休業――恋人の筆跡で書かれた張り紙を見て、俊哉は訝しげに首を傾げた。

(・・・今日、店を休むなんて話、俺は聞いていないぞ)

 盆暮れ正月以外ほぼ毎日のようにやっている店を休むなんて、それこそ何かあったのだろうか?

 不審に思いながら押したドアに鍵はかかっていない。

 そのまま中に入った俊哉を、恋人は満面の笑顔で迎えた。

「あら、俊ちゃん」

 輝くような笑顔につられて、俊哉も微笑を返す。

 ほぼ坊主頭に近い短髪ヘアスタイルに筋肉隆々の逞しい体躯、女言葉を使ってはいるが、俊哉の恋人の拓馬は見た目そのままの男だ。

 俗に云うオカマという人種であるが、外見はほぼ立派な男であった。

 その拓馬が、どういう風の吹き回しかいなせな紺地の紳士ものの浴衣を着て、カウンターの中にかしこまって立っている。

 俊哉より上背も肩幅もある拓馬の浴衣姿というのはかなりの迫力がある。その迫力に圧されて、俊哉は暫し言葉を失ってしまっていた。

「・・・・・・・・・・・・・・・・」

「どう?」

 恋人を迎える為、外に出てきた拓馬が、そこでくるりと回ってみせる。

 女学生のような無邪気な振る舞いも、いい年をしたごつい男がすれば、ただうすら寒いものでしかない。

 それでも、華麗に変身した姿を得意げに披露する恋人を悲しませたくはなくて、俊哉は精一杯の世辞を述べた。

「似合っているよ」

「ホント?」

「ああ、拓は俺と違って体付きがしっかりしているから、案外和服向きなんじゃないか?落ち着いたその色もお前に良く似合っているよ」

「やだ、俊ちゃんったら」

 俊哉にそう云われ、拓馬はますます嬉しそうだ。

 学生時代、ずっと柔道をしていた拓馬は、元々体を動かす事が好きで、今でも暇さえあればジムに通って積極的に体を鍛えている。

 そのせいあって、拓馬の体付きは俊哉よりかなりいい。俊哉も、同世代の男性と比べて特別華奢と云う訳ではないが、胸板の厚いマッチョな体格を持つ拓馬には到底敵わなかった。

「嬉しい、俊ちゃんにそう云ってもらえて、奮発した甲斐があったわ」

「どうしたんだよ?その浴衣」

「いつも店に来てくれているお客さんの中に呉服屋さんがいてね。特別安くしてくれるって云うから、頼んで分けてもらったの」

「へえ〜」

 馴染みの客の中に呉服屋がいたとは、俊哉も初耳だった。オーナーである拓馬に倣って、店に来る客は拓馬と同じ性向を持つ者ばかりであったが、俊哉は滅多にそこに顔出ししない。

 帰宅した際、ごくたまに店に寄る事はあっても、帰宅の挨拶だけして自分はそそくさと部屋に戻っていた。

 なるほど、市販の服とは違って、拓馬の体格に合わせてあつらえたというその浴衣は、拓馬の体のラインに流れるようにフィットしている。多少いかつくはあるものの、拓馬の顔立ちは決して悪くはないし、オカマでさえなければ、さぞかし女にもてていた事であろう。

「残念だな」

「?」

「どうせなら、店を開けてみんなに見せてやればよかったのに」

 浴衣を工面してくれた客も、きっと喜んでくれるはずだ。だが、当の拓馬は、俊哉のその提案を即座に否定した。

「いいのよ、今日は特別な日なんだから」

「特別?」

 拓馬の言葉を聞き、俊哉は小首を傾げる。思案顔の俊哉を見て、拓馬はくすくすと声を立てて笑った。

「呆れた、俊ちゃんったら、やっぱり忘れちゃっている」

「?」

「今日は一体何日だと思っているの?7月28日、俊ちゃんの生まれた日じゃない」

「あ・・・」

 恋人に指摘され、俊哉は初めてその事に思い至る。日々の仕事に忙殺され、すっかりと忘れていたが、確かに今日は7月28日――俊哉の27回目の誕生日であった。

「お誕生日、おめでとう、俊ちゃん」

「ああ・・・」

「誕生日のプレゼント、部屋に用意してあるの。俊ちゃんも一緒に来て」

 

 

 

 

 拓馬に連れられて上がった自室に用意されていたプレゼントを見て、俊哉は唖然となる。

 そこには、色こそ違うが拓馬と揃いの浴衣が、主の帰りを今かと待ちわびていた。

「これ・・・もしかして、俺の?」

「そうよ、俊ちゃん以外に一体誰がいて?」

 浴衣なんて子供の時以来着た事がない。女性ならそれもありかもしれないが、男性の俊哉が浴衣を着る機会なんて、そうそうないであろう。

 しかも、彼女に合わせてというのならまだ分かるが、何が悲しくて男同士で浴衣のペアルックを着なくてはならないのか・・・毎度の事ながら突飛な事を思い付く恋人に、俊哉はすっかり辟易した。

「どう?」

「・・・どうって」

「わたしはね、地味に藍色を選んでみたんだけど、色の白い俊ちゃんには白地の着物の方がよく似合うと思うの。ね、せっかくだから早速着てみてよ」

「――って、ちょ、ちょっと待て、拓っ」

 着付けは自分がするからと、拓馬は俊哉の服を脱がしにかかる。力で俊哉が拓馬に敵うはずはなく、強引に下着一枚にされたところで、件の浴衣が肩から着せかけられた。

「ほら、やっぱり、よく似合っている」

「!?」

 寝室にある大きな姿見の前に無理矢理連れて行かれて、そこに今の自分の姿を映し出される。

 今の自分の姿より、背後に立つ拓馬がとても幸せそうな顔をしていて、それでもう俊哉は何も云えなくなった。

「帯を締めるから、そのまま真っ直ぐに立っていてね」

「・・・ああ」

「もうちょっと・・・ほら、出来た」

「・・・・・・・・・・・・・」

 俊哉の浴衣姿が完成して、二人は一つ鏡の中に仲良く並んで立った。

「うん、なかなかいい出来栄えだわ」

「・・・そうか?」

「それじゃ、俊ちゃん、急いで出かけましょうか」

「出かけるって、一体どこへ?」

 正直、こんな格好での外出など出来れば遠慮願いたいが、拓馬はその気満々である。拓馬の目的は俊哉にこの浴衣を着せるだけではなく、ペアの浴衣を着た俊哉と一緒に外出する事にあった。

「どこって、浴衣を着て出かけるところなんて決まっているじゃない。祭りよ、祭り。今日はその為にお店を休んだんだから」

 俊哉の誕生日を祝う為、数ヶ月前から拓馬は密かにそんな計画を立てていたと云う。

 拓馬に引き摺られて、俊哉は夜の街に出た。

 

 

 

 

 とはいうものの

「こら、拓、あまりベタベタと俺にくっつくな」

「だって、この人混みだもの。はぐれたら迷子になっちゃうじゃない」

 花火大会が開催されている河川敷周辺は沢山の夜店と人でごったがえしていた。皆、人より少しでもいい場所をとる事に必死で、周りの人間の事などほとんど見えていない。

 それをいい事に拓馬は人前でやたらと俊哉に触れてくる。

 迷子にならないようにとしっかりと腕を組まれ、拓馬の先導で二人は河原へと降りた。

「俊ちゃん、こっち、こっち」

 周りの人間より頭一つ分出ている拓馬は、人のあまりいない穴場とも云える花火の観賞場所を瞬時に見つけ出し、そこに俊哉を連れて行く。

 辺りの喧騒から離れた川沿いのその場所に俊哉は拓馬と並んで座った。

 ちょうどその時、夜空に大きな花束が浮かび上がる。爆音と共に空いっぱいに弾けた光の粒が、辺りに舞い散って、やがて緩やかに終息した。

「たまや〜、かぎや〜」

 こうして二人で静かに花火を見ていると、日々の喧騒が嘘のように心穏やかに感じられた。

 共に暮らしてはいても、大学を卒業しお互いの仕事を持つようになってからは、二人きりで外出する機会はめっきり減ってしまった。

「綺麗ね」

「ああ」

「花火もだけど、俊ちゃんも綺麗」

「はあ?」

 聞き捨てならない恋人の台詞に、俊哉はついムードのない声をあげてしまう。男の自分に綺麗という形容詞は全く似合っていないと思うのだが、男として俊哉を抱くこの恋人は事ある毎にそう云う。

「綺麗よ、俊ちゃん。花火なんかより、ずっと色っぽくて素敵」

「よせよ、こんな所で、おかしな冗談を云うな」

「あら、冗談なんかじゃなくてよ。今すぐここで押し倒してやりたいくらい」

「拓〜っ」

(!?)

 そう叫んだ唇を顎ごと掬いとられ無理矢理奪われてしまう。花火の轟音が夜空を劈き、俊哉の発した声も音にかき消されてしまった。

 今夜のクライマックスとなる大仕掛けの花火が虚空を彩り、空が燃え立つように明るくなる。キラキラと輝く小さな光の粒が空から舞い落ちてきて、二人をやわらかく包み込んだ。

「・・・んっ」

「愛しているぜ、俊」

 口調を変えてそう囁かれてしまうと、俊哉の体中に甘い痺れが走る。自分の体の中にある牝の本能が拓馬に呼び起こされ、堪らない気持ちとなってしまう。

 角度を変えて口付けを続けるうち、体の中心に自ずと血が集まってきた。

「!?」

 不安定となった体を支える為、突っ張った俊哉の足の間から、拓馬の手が入ってくる。着物の合わせ目から差し入れられたその手は、俊哉の太股を撫で下着の上から局部にそっと触れる。

 掌で形を変えつつあるそのモノを直に確かめた後、同じように硬くなっていた股間を俊哉の腰にぐいぐいと押し付けていった。

「どうする?このままここでやるか?」

「ば・・・」

「着物ってのは、こういう時便利でいいよな」

「!?」

 まさか、その為に恋人がわざわざ浴衣を買ったとは思いたくないが、人一倍精力の強い拓馬なら、それもありうるかもしれない。

「――なんてな」

「は?」

「嘘だよ、嘘。俊があまりにも真剣な顔をしているから、ちょっとからかっただけ」

「って、お前なあ・・・」

「馨ちゃんの事で、最近特に塞ぎこんでいたようだから。これでも、わたし、ずっと俊ちゃんの事を心配していたんだからね」

 いつものオカマ口調に戻った途端、ホッとして俊哉の体から全身の力が抜けた。性別のスイッチが入れ替わった事で、安心して拓馬に身を任せていく。

 体の熱が冷めるのを待って、俊哉は自分から弟の話を始めた。

「・・・あいつさ、どうやら俺に黙って、特別に付き合っている相手がいるらしくて・・・」

「それって、もしかして、男?」

「まさか、女だよ、女――しかも、その相手と結婚したいだなんて、いきなり生意気な事抜かしやがって」

「・・・もしかして、最近俊ちゃんがずっと元気がなかった理由ってそれ?」

「悪いかよっ」

 ブラコンもここまで来れば、立派な病気だと思う。親を亡くしてからずっと二人だけで生きてきたこの兄弟の絆は、拓馬が思っているよりもずっと深く、時折本気で嫉妬しそうになる。

「大人しそうな顔して、あの子も隅に置けないわね。でも、まあ、馨ちゃんならきっと大丈夫よ。あの子、ああ見えて俊ちゃんよりよっぽどしっかりしているもの」

「どういう意味だよ、それは」

「身内に恋人が出来たくらいで、こんなに落ち込まないって事。いい?俊ちゃん、これは幸せな事なのよ」

 身持ちの固い弟が、浮わついた気持ちでそんな事を云っているとは俊哉も思っていない。弟の想いが真剣だからこそ、いきなりそれを告白され、戸惑ってしまっただけだ。

 男と暮らす自分にはまともな幸せが望めないだけに、弟にだけは幸せになって欲しいと思う。

 将来的には心の行き届いた女性とまともな結婚をして、ごくありふれた普通の家庭を築いてもらいたいと俊哉はそう思っていた。

「――ったく、ガキのくせして結婚だなんて、十年早いっつうの」

「あのねえ、俊ちゃん、馨ちゃんだって、もう立派な大人よ。ていうか、あんたこそ、早く弟離れしなさいよ」

 正直、拓馬は馨の側から俊哉を奪いたくてうずうずしている。弟の馨にその気はなくとも、俊哉の心はずっと弟に隷属しているのだ。一応今は離れて暮らしてはいるが、ずっと馨の親代わりをしてきた俊哉は、それでも馨の事が気になるらしい。

「あんたが弟から離れるいい機会だわ。その彼女、今度、うちの店に連れてきてもらいなさいよ」

「ああ」

「馨ちゃんの奥さんなら、わたしの妹になる訳だし、ちゃんと挨拶しておかなきゃ」

「・・・って、おいっ」

 俊哉に自分から打ち明けてきたという事は、馨はその彼女の事を真剣に考えているという事だ。そんな弟の成長が、俊哉は嬉しくもあり、また寂しくもある。

「いいじゃない、あんたにはわたしがいるんだから」

「?」

「たとえ、馨ちゃんが結婚して、あんたの側からいなくなってしまったとしても、あんたの側にはいつだってわたしがいる。嫌って云われても、わたしは一生俊ちゃんについていくんだから」

「拓・・・」

 拓馬を自分の中に受け入れた時点で、俊哉にもその覚悟は出来ていた。自分はこの先もずっとこの男と共に生きていこうと、そう決めていた。

「いい? あんたと一生添い遂げるのは、馨ちゃんではなくこのわたしなんだからね」

 ずっとこのまま、二人揃って心穏やかに齢を重ねていけたら、俊哉にとってそれ以上の幸せはない。

「心配性もいいけど、そんな事ばっか思いつめていたら、いい加減ハゲるわよ、あんた」

「あのなあ〜」

「ま、わたしはたとえ俊ちゃんがハゲになったとしても、変わらず愛してあげるけど」

「そりゃ、どうも」

 静かに降り注ぐ月明かりが、夜闇の中で寄り添う二人の姿をそっと照らし出している。

 いつのまにか花火大会は完全に終わり、辺りを賑わしていた人の波は、またぞろ駅に向かって流れている。

 愛する人の腕の中は思いのほか心地良くて、俊哉はいつまでもずっとここでこうしていたいと思った。

 

 
Fin

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