マカロン・パラダイス!
秋から春先にかけて、うちの部長ははりきって暴走するらしい。
少なくとも去年はそうだ、と平井副部長は言い、今年もそんな感じにあたしは見える。
「バレンタインはチョコレートが基本だけれど、ホワイトデーはそうでもないよね」
ゆっくりとスローテンポの独特の話し口調で、部長が言う。
「バレンタインには由来があるし、他の国でも様々な形で行われているけれど、ホワイトデーは日本独自のものだし、特にこれといったお菓子を推奨しているわけでもない」
キャンディーだのマシュマロだの、といった各商店の論争はあるけれど、と部長は付け加えた。
その手元では、よどみなく色とりどりのマカロンが、キレイなセロファンとリボンでラッピングされていっている。それを一応は手伝いながら、あたしはそっと部長の顔を見た。
眼はこちらを見ているようでどこも見ていない気がする。天井の蛍光灯のせいか、窓からの朝日のせいか、それともまさか自分で発光させているのか、とてもキラキラと輝いた眼をしている。イっちゃってて、正直怖い。
「ホワイトデー商戦は、『バレンタインのお返し』としたところに敗因があると思うんだ。バレンタインは本命だけでなく、義理を作り、最近は友チョコにご褒美チョコに親チョコまで出てきているというのに、ホワイトデーは、これといったお菓子に決められているわけでないうえに、渡す相手が固定されている。今ひとつホワイトデーに盛り上がりが欠けるのはその辺が原因じゃないかと――」
「部長」
平井副部長があたしの隣りで、ようやく口を開いた。元々きつい顔立ちに、眉間にしっかり皺を刻んでしまっている。
「垂れてる。口から」
「え? なにが?」
部長はラッピングの手を止めて、思わずといった風に口元に手をやった。平井ゴッドハンドはため息をついて、
「薀蓄(うんちく)」
言外に、黙れ、と言われ、ようやく部長は口を閉じた。ちょっと不満そうにしているけれど、別段機嫌を損ねた風でもないのが、この二人のやり取りの不思議なところだ。
あともう少しで、ラッピングも終わる。
いつもより1時間も早く来させられて、なにかと思えば、大量のマカロンのラッピング。平井副部長も来ていたけれど、付き合いがいいのか悪いのか、ラッピングを手伝っているわけではない。まあ、その気持ちはよく判る。あたしも朝見たとき、うんざりしてしまった口だ。だって、同じ量、もしくはそれ以上の量のチョコ菓子のラッピングを手伝わされたのは、つい先月の話だ。
ここ、家庭科部の城であるところの第二家庭科室は、今まさにマカロン・パラダイス! といった状態だ。
部長のお菓子にかける情熱は、本当にすごいなあ、と呆れ半分感心半分。
秋のハロウィンに始まって、クリスマスにお正月にバレンタインに雛祭りに、締めはホワイトデー。とにかくお菓子、お菓子、お菓子!
「そういえば、ゆめチャンは三哉サンには何をあげたの?」
部長が最後の一個をラッピングし終わって、言った。その質問に、うっ、とあたしは口ごもる。
「律儀な人っぽいから、イイモノあげたらイイモノ返してくれそうだよね。ねえ、珠緒チャン」
「お返しをする予定もないのに押し付け、あげた覚えもないのにお返しを渡すお前よりは、良い物をくれるだろうな」
副部長が嫌味たっぷりに言う。あたしは乾いた笑いをするしかない。だって、あたしも部長にお返しはなんにも用意してないんだもの。『そんなことをすれば来年は十倍返しされるぞ』と副部長が脅すので、そしてその光景が容易に想像できたので、やめたのだ。三哉兄ちゃんにもやめさせた。そもそも三兄はお返しを用意する気がなかったようだったけど。いわく、
「バレンタインに男がチョコを撒いたっていいでしょう? 女の子の日だなんて、ずるい考えだな」
多賀野宏史(たがのひろふみ)部長が、笑顔のまま怒って言った。
三兄いわく、
――男が男にホワイトデーのお返しなんて、気持ち悪いだろ。
なんだかどっと疲れて、あたしは机に突っ伏した。
この4月、あたしは二年生に、部長たちは三年生になる。このメンツで、新入部員なんて獲得できるんだろうか。 その、学校中に響き渡る多賀野宏史部長の悪名を聞かれる前に、連れ込むしかない気がする。
ピピ、と軽いアラーム音が鳴る。見ると、平井副部長が、その細い腕に似合わないごついデジタル腕時計を止めたところだった。
「私はそろそろ教室へ行く。日吉もこんな奴に付き合ってないで、教室へ行け」
はい、と返事をして、鞄を持ってあたしも立ち上がった。
「ええっ?! また、これ僕ひとりで配るの?!」
バレンタインもひとりで配ったのに、と部長が嘆いた。扉で立ち止まった副部長は、悲鳴をあげた部長を振り返る。一瞥して、
「私は誰にもお返しをする予定はない」
「あ、あたしもです」
右に倣ってぺこりと頭を下げる。
「だから、貰ったとか貰わないとかお返しとかは、ホワイトデーという日の意味の幅を狭めると思うって――」
部長に最後まで言わせず扉を締め、あたしたちは家庭科室を後にした。
あと10分ほどでホームルームが始まる。本校舎への廊下を歩いていると、朝の学校の喧騒が近づいてくる。さっきまで居た第二家庭科室が、まるで異空間のようだったように思える。
「それで」
廊下を並んで歩きながら、平井副部長が口を開いた。
「バレンタインは、成功したのか?」
あんまり感情の見えない、でも優しい声音で副部長が言うので、あたしは思わず照れて、
「今からなんです」
と答えた。
成功するも失敗するも、きっとそういうのとは無縁な日になるだろう。
ただただ、幸せな日になるに違いない。
「そうか。楽しみだな」
薄く口元に笑みを浮かべて副部長が言ったので、あたしは、はい、と思い切りよく返事をした。
end