あげたいもの
そそっ、とゆめが体を寄せてくる。3人掛けのソファは、他にオレしか座っていないから、わざわざ詰めて来なくたって座れるだろうに。
オレは、ソファの肘掛に肘をついて、ゆめを見た。
「あのね」
にっこりと笑って、ゆめが言った。
思わず後ずさる。と言っても、そんなスペースはオレの後に残っていない。
なんなんだ、その『作り笑いです』と言わんばかりの笑みは。
「明日、バレンタインでしょ?」
ばれんたいん?
ああ、そういえば、そうだな。
商店街は、節分・恵方巻きのセールが終わった途端に、ピンク色になっていた。バレンタインセールだ。年末からこっち、イベント続きでお忙しいことだ。
それで?
「今年は、あげない」
「は?」
ゆめの言葉に、思わずオレは声をあげた。
ゆめがため息をついて、オレの目を見て、もう一度ゆっくり言った。
「今年は、バレンタインは、なにも、あげません」
オレはその言葉の意味するところを考えて、そして、
「はあ」
と、うなずいた。
それは別に構わないが。
なんだそんなことか、と言わんばかりに肩を竦めたオレに、けれどゆめはまだ詰め寄ったままだ。視線を外さすに、再度口を開く。
「理由、訊かないの?」
「バレンタインをしない理由か?」
別に買ったものでも安物でも、まあ、くれないならそれはそれでいいんだけどさ。理由なんて、チョコがうまく作れないとか、マフラーがうまく編めないとか、そんなところじゃないのか?
「違うよ」
ゆめが、ちょっとムッとして眉を寄せた。手をオレの膝の上に載せて、鼻が触れ合うぐらい顔を近づけて、囁いてきた。
「来月のハナシ」
3月は、ホワイトデーか。なんだ、貰ってもないのにお返しを催促されているんだろうか。
オレが訝しげにゆめを見返すと、
「あたしの誕生日があるでしょう」
毎年恒例の、花見宴会のことか?
ぺちん、とゆめがオレの膝を叩く。大変憤慨した様子で、
「しらばっくれる気?」
そう言った瞳の奥に、不安が見えて、オレはため息をついた。指でゆめの額を小突いて、顔を離す。
「16歳になるんだろ。判ってるし――忘れるわけないだろ」
ゆめの頬がぱっと赤くなる。今度はうつむいて、オレの膝に置いたままの手に、ぎゅうっと力が入る。
「だから、バレンタインはあげないの。来月、あげたいものがあるから」
それはつまり……だから、オレが前にしたあの約束のことだろう。
そんな風に期待しているとは思ってもいなくて、なんだかオレまで恥ずかしくなってくる。ゆめの頬に手をやって、引き寄せる。そのうるんだ瞳に、
「貰ってやるよ」
言って、笑ってやった。ゆめが赤い顔のまま、負けじとオレを見返して、
「お返しも、ちょうだいね」
笑った。
まあ、こんなバレンタインもアリだろう。
きっとチョコよりも、甘いものを貰えるだろうから。
end