宴の帰り道
背中のゆめが、もぞもぞと身動きした。
「起きたか」
んー、とゆめが呻く。オレの肩にかかっていた腕が持ち上げられる。目でもこすっているのだろう。
しゃがんでゆめを道に下ろすと、オレはほぐすうように肩を回した。
家まであともう5分もかからないところまで来て、ようやくお姫さまのお目覚めだ。明日腰痛になったらどうしてくれよう。
やれやれ、と歩き出すと、オレの袖をゆめがつかんだ。
「ごめんなさい」
うつむいて、しょんぼりとゆめが言う。
そうですね。ビール一気飲みした挙句、他人の背中で寝られちゃあ困りますよね。
嫌味たっぷりにそう言うと、ゆめはもう一度、ごめんなさい、と小さく言った。
おや。
「どうした」
そういえば、花見中、ずっとゆめの様子がおかしかった。
拗ねているように見えたが、一体なにに対してなのかオレには判らなかった。
でも、この様子からすると、
「オレが原因か?」
言うと、ゆめが困ったように視線を逸らした。
やっぱりか。
そうすると理由は、昼間にしたアレだろうか。
「本当は嫌だったのか?」
訊くと、ゆめが首を傾げるので、キスしたこと、と言葉を繋げた。
途端にゆめの眉尻が泣きそうに下がる。
違うよ、とゆめが言って、泣きそうに鼻をすすった。思わずオレはゆめの頭を引き寄せる。少ししゃがんでゆめと視線を合わせると、その瞳がうるんでいた。
「あたしって、三哉兄ちゃんの……なに?」
なに、って、お前。
「三兄は、嫌だったの?」
それとも、と迷うようにゆめがうつむきながら言った。
「どうでもよかったの?」
その言葉に、オレは絶句する。
ゆめは目を手でこすり、鼻をすする。顔が見たくて顎を持ち上げると、今度はキッと睨まれた。
「三兄は5歳も年上で、それはあたしが生まれたときからそうで」
涙に濡れた瞳が、街灯の明かりでキラキラしている。思いつめた目が、昼間、押し倒されたときのことを思い出させる。
「……15歳になっても、三兄みたいになれないよ」
ゆめの言葉が尻すぼみになって消えた。
オレは思わずため息をついた。
ゆめの肩がビクッと震える。
そうじゃない。そうじゃないって。
ゆめの言っている意味が判らないわけじゃない。
つまり、オレの態度や行動が判らないってことなんだろう。
でも、それを口に出すのは、ひどく勇気がいるんだ。
「キス、しただろ」
もう一回されたいのか。
「うん。されたい。キス、したい」
ゆめの肩をつかんで、その口唇に、オレの口唇を押し付ける。
強張っていたゆめの体から、徐々に力が抜けていく。ゆめの手が、オレのシャツの胸あたりをぎゅっと強く掴んでいる。
口唇を離すと、ゆめが小さく息を吐いた。前髪が触れ合う距離で、ゆめの赤く染まった顔を見る。
「……判らないか」
オレが言うと、ゆめはまた泣きそうに眉尻を下げた。
「三哉兄ちゃんとキスしてもいい理由が欲しい」
ぽつりとゆめが言った。
……別に理由なんていらねえだろ。
とは、さすがに言えない。それを盾にこばんだのは、昼のオレだ。
ゆめが不安そうに顔を上げた。
「あたしって、三兄のなに?」
多分、これはオレが悪い。
好きなものを好きと正直に言えない、オレが悪い。
オレはなんとかそれを言葉に出そうと息を吸って、吐いて、吸って――
「彼女、ってことにしといてやるよ」
ようやく、そう言うことに成功した。
ゆめがきょとんと目を丸くする。
次いで、えへ、えへへ、と変な笑い声をたてて、幸せそうに笑った。
と、途端にゆめの膝から力が抜けて、かくんと体が落ちる。慌ててオレが支えてやると、ゆめが体を預けてきた。
「じゃあ、あたしたち『付き合ってる』んだね」
よくそういうことを、平気で言えるもんだ。見習いたいぜ、本当。
自分の頬が熱くなっていることを自覚しながら、オレはため息をついた。
「いっぱいキスしようね」
オレの肩に顔をもたせかけて、ゆめが言う。
嬉しそうな、少し呂律の回らない声で言われると、なんだか妙な気分になってくる。
その、ゆめにキスしたいような、それよりももっと――
「それで、キス以上のこともいっぱいしようね」
一瞬、心の中を読まれたのかと思った。
……って、待て。
お前、意味判って言ってるか?
判ってるよ〜、とゆめは言うが、多分、それは漫画やらドラマやらの知識だろう。経験があるとは思えんし。多分。いや、絶対。
「1年後、考えてやる」
うん、とゆめが笑った。
今度こそ、意味を判ってないんだろうなと思いながら、オレはゆめのぽんぽんと頭をなでた。
1年後の今日、ゆめが16歳になったら、そうしたら。
ゆめの柔らかくて温かい体を抱きながら、それまで自分の理性が保つのかどうか、オレは悩むこととなった。
end