スキなもの
ゆめの好きなものは、グラタンと生クリームたっぷりのケーキと白いワンピースと、あとは多分、オレ。
グラタンを作りながらそんなことを考えて、自分自身の思考に撃沈した。
あんまりにあんまりな自信過剰っぷりと、一体どこのおめでたい野郎か、っていう考えに耐え切れなくて、思わずしゃがみこむ。
誰も見てないのは判ってるし、別に口に出したわけじゃないけれど、恥ずかしいことには変わりない。いや別にしゃがみこんだからといって、恥ずかしさが消えるわけじゃないんだけどさ。
コンロにかけられた鍋の中ではホワイトソースがぐつぐつと煮込まれている。
「三哉兄ちゃん、なにしてるの?」
声に振り返ると、そこには当然のようにゆめ。
だから、音もなく現れるのやめろよ。いつの間に台所の扉を開けたのか、全然気づかなかったぞ。
台所のコンロの前にしゃがみこんでいるオレは、余程不審な人物だったのだろう。ゆめが珍しく眉間に皺なんかを寄せている。
「……菜ばし落とした」
嘘をついて、オレは立ち上がる。その横に、ちょこちょことゆめが寄ってきた。鍋の中を覗き込んで、
「グラタン? グラタン?」
うきうきと聞いてくる様は、本当にただのお子さまだ。好きなものが今晩の献立だと知って、ゆめは目をキラキラとさせている。
「これがグラタン以外のものになる予定は、今のところはない」
うんざりとオレが言うと、やったー! とゆめが両手を上げた。それだけでご機嫌になれる単純なゆめが心底うらやましい。
「そういえばさー」
ゆめが口唇に指を当てて、ぼんやりと言った。
「三兄って、自分の好きなものあんまり作らないよね」
なんだ、突然。
そりゃあ、一家の台所を預かる身としては、自分の好きなものばっかり作って入られないだろう。栄養バランスを考えたり、食い合わせを考えたり、明日の弁当に入れれるものかどうか考えたりもしなきゃならん。
そもそも、オレはそんなに好き嫌いが激しい方じゃないぞ。
「ウソ。三兄、スキなもの目の前にすると、すっごく目がキラキラするじゃん」
あたしのスキなものや、おじさん(オレの親父だ)のスキなものは、いつもさりげなく配置してるくせに、とゆめは続けた。
オレは思わず押し黙る。
そうだったか?
あまり思い当たる節がなくて首を傾げると、ゆめが隣りで大げさにため息をはいた。
「肉じゃが」
う。
「じゃがいもの煮っ転がし」
む。
「三哉兄ちゃん、みりん味付けのじゃがいも大好きでしょ」
そう言われれば――確かに、否定する要素はない。
「じゃあ、明日は肉じゃがね!」
別に構わないが、なんでそうなる?
「三哉兄ちゃんのスキなものは、あたしもスキだよ」
三兄がスキだから、とゆめはなんてことのないように言った。
オレが目を見開いたのに気づかないように、ゆめは、あっビデオの予約しなきゃ、と思い出したように言った。
機嫌よさそうに台所から出ていくゆめの背中を見ながら、オレはこっそり心の中でつぶやいた。
オレだって、ゆめの好きなものは、たいがい好きだけどな。
オレの好きなものは、ゆめが好きなグラタンを作ってやることと生クリームたっぷりのケーキを作ってやることと、白いワンピースを着てご機嫌な、ゆめ。
end