パパは知ってる。
曜子さんが死んでから、早10年が経とうとしている。
姿だけは曜子さんにそっくりな、上のガキ二人は気がついたら独り立ちして家を出て行ったし、一番手がかからなくて、それでいて心配させられっぱなしの末っ子には彼女ができた。
「年もとるよなあ」
ぼんやり言うと、リビングの端で古新聞をまとめていた末っ子が振り向いた。明日は廃品回収だったんだっけ。上二人の兄貴に似ず、そういうところ曜子さんに似てくれて、本当助かってるよ。
思っても口には出さずに、訝しげに眉を寄せた三哉のその顔を、僕は見た。
いい加減、君も僕に似てるよね。
曜子さんがあんまりにも真剣に『キレイ』だと僕に言うから、僕自身も本当にそうなのかもと思い直した、その自分の顔にそっくりな三哉の顔は、客観的に見ると確かに綺麗だと思う。けれどそれが、人生において、幸せなことなのかどうなのか、僕には未だに判断がつかない。拓司(たくじ)くんなんかに言わせると、『お徳』らしいけども。
「あのさ」
再び黙々と古新聞や雑誌を束ねていた三哉に、僕はソファの背に顎を載せて訊いた。
「やっぱり三哉に彼女ができたのって、三哉の顔が綺麗だから?」
束ねる紐をひっぱっていた三哉の手が止まり、眉をひそめて考え込んで、たっぷり1分はかかってから、
「…………はあ?」
と、三哉が聞き返してきた。
「だから、三哉がゆめちゃんという恋人を得ることができたのは、綺麗な顔だったからなのかなあって」
三哉がうつむいて、なにやらこめかみを押さえている。そんなにまずいこと言ったつもりはないよ。だって、事実でしょう。
「どうして僕が知らないと思うの」
そっちの方がよっぽど傲慢だと思うけど。
言うと、三哉は諦めたようにため息を吐いた。
「親父、あんたそんなんだから友達少ないんだよ」
僕はそれでいいんだよ。肩肘張らずに付き合える奴らがもう居るんだ。それだけで、充分幸せさ。
でさ、と僕は逸れた話を戻す。
「拓司くんが言うには、僕と三哉の綺麗な顔っていうのは、『お徳』なんだって」
ソファの背にあごを載せている、多分三哉からは生首のように見えている自分の顔を指差す。この顔が『お徳』。
案の定、僕の言葉の意味を掴めなかった三哉が、訝しげに聞きなおしてくる。
「……細川さんが、なんだって?」
これと同じ問答を、拓司くんとしたなあ、と内心苦笑しながら、僕は答える。
「つまり、善いことなんだってさ」
綺麗であることが善いのではなく、綺麗だと思うことが善いことだ。
綺麗だと思うことによって、心が幸せになるから、顔が綺麗なのは善いことなのだ。
「細川さんらしい」
三哉が、小さく笑って、紐をはさみで切った。その手元を見てると、自分が束ねているわけでもないのにうんざりしてくる。うーん、結構な量があるねえ。3ヶ月に一回の廃品回収だと、さすがにすぐにまとめきれる量ではない。だからといって、手伝う気もないのだけれど。
「でさ」
三哉の手元を眺めながら、僕はさらに続ける。
「三哉の顔が不細工だったら、三哉はゆめちゃんと付き合ってたかなあ。どう思う?」
三哉があからさまに顔をしかめた。
「嫌なこと訊くなよ」
どうして。単純な疑問でしょう。
少なくとも僕は、僕の顔が不細工だったら、曜子さんと結婚するどころか、知り合ってすらいなかっただろうからさ。
毎日鏡を見る。
見慣れたその顔に、ふと、皺が増えている。肌の張りがなくなってきている。
年をとるごとに僕は確実に醜くなっている。当たり前だ。人間なのだから。
そして、僕の顔を『キレイだ』としつこく言ってくれる人も、今はもういない。
僕の顔は、もう『お徳』じゃないのかなあ。
「そういうことじゃねえだろ」
三哉は、いらつきを新聞を束ねる紐にこめなるようにしながら言った。
「母さんだって、ゆめだって、多分、顔だけ見てたんじゃない」
ほう。そのココロは?
「顔は自分自身を表すっていうだろ?」
僕は目を丸くして、それから笑った。
それは確かに、納得のいく答えだ。
僕自身が『お徳』だったらいいなあ。顔だけじゃない。僕の価値はそれだけじゃない。
『颯太くんがキレイなの』
曜子さんがそう言ったんだったね。
思い出すまでもなく、曜子さんは、『僕の顔』を綺麗だと言ったことは一度もないのだった。
彼女が言ってくれていたのは、『僕』が綺麗であるということ。
そう。そんなことは判っていたんだけれど、彼女のできた息子をいじめたかったのだ、きっと僕は。
それじゃあ、意地悪ついでに、疑問をぶつけてもいいかな?
「ちなみに、ゆめちゃんとえっちはしたの?」
――翌日、僕のお弁当の中身が日の丸だったことは、言うまでもない。
end