ふたりごと
ふと、振り向いたら、目が合った。向こうも、今、同じタイミングで振り向いたようだった。
ゆめがふにゃっと笑った。オレも、なんとなく苦笑して返す。
リビングのソファに寝そべるオレと、ソファの足元でオレの足を枕にしているゆめ。
とかくふたりとも暇を持て余している、そんな感じだ。
本当は暇なんかちっともなくて、今日は無理に作った休みだった。この間、サークルで両手を怪我して以来、曽木部長はオレをこき使ってくれやがる。おかげで、花火大会以後、休みが一日もなかったのだった。
ふと、オレは昨日の様子を思い出した。
昨日、そんなにオレは不機嫌オーラを発していたのだろうか。そんな自覚はないのだけれど。
サークルのみんなが、何故かオレを遠巻きにしていたのは感じられた。夕方になろうという頃に、部長がやってきて大きなため息混じりに一言、『早坂、あんた明日休め』とおっしゃられた。
余裕がない。
余裕がないなあ、と思う。情けない。
花火大会から一週間だ。その前にゆめと会わなかったのがひどく堪えて、無理にでも毎日ゆめと会うようにしていた。
だから、なおさら。
ソファの上で、体を起こす。窓の外を見ると、オレに嫌がらせをするかのような朝からの雨が、未だ降り続いている。
「止まないなあ」
「止まないねえ」
語尾こそ違えど、同時に言って、思わず顔を突き合わせて笑った。
雨が止まない。
せっかくの休みなのに、洗濯物は乾かないし、暑いのにじめっとしていてうっとうしいし、どこへ出かける気にもならないし。
そうして、昨日決めたゆめと出かける予定がつぶれて、ふたりで家の中でごろごろしている。
オレはソファから降りて、ゆめの隣りに座る。
ゆめの大きな瞳を見る。
余裕がない。
会えなくて余裕がなくなって、じゃあ会えばいいのかといえば、それがなおさら余裕がなくなった。バカな話だと思う。
毎日会いたくて、毎時間会いたくて、毎秒会いたくて、一瞬が長い。
今日ももう昼になって、そうして夕方になって、夜になって、明日が来る。そうしたら、また会えない。
「三兄」
オレがあんまりにもじっと見ていたからだろうか。ゆめが居心地が悪そうに目を伏せた。視線が離れるのが悔しくて、ゆめの肩に落ちた髪をゆるくつかんだ。その髪をたどって、ゆめの頬に手を寄せる。夏でも冬でも体温の高い、ゆめの子供体温が手のひらに感じられる。
「ごめんな。今日」
昨日も、一昨日も、その前も。
せっかくの夏休みなのにほとんどどこにも行けなくて、毎日会うことすらままならなくて。寂しがってくれてる、我慢してくれてる、と思うのは、オレの自惚れすぎかもしれない。それでも、会ったときにゆめが嬉しそうに笑ってくれるから、もう少し、自惚れようとオレは思ってしまう。
ゆめが、ちろりとこちらを見上げてくる。少し考えるようにまた目を伏せて、今度視線が合ったときは、笑った。
「『どこか』は重要じゃないんだよ」
あんまり甘やかしてくれるなよ。
オレは嬉しさをごまかすために苦笑いして、ゆめの髪をぐしゃぐしゃにした。もー、とゆめが自分の髪をなでつけながら怒る。手伝ってゆめの髪をなでていると、だってね、とゆめが言った。
「二人いればなんとかなるものだし」
手を繋ぐことも、見詰め合うことも、キスすることも、
「独り言だって『二人言』になっちゃう」
そう言って、ゆめがタックルするように抱きついてきた。オレの胸の中で、ゆめがクスクスと笑う。
確かに。
『止まないねえ』
外を見てふたりごと。
『暑いねえ』
夏で汗が流れてふたりごと。
『おいしいねえ』
ご飯を食べてふたりごと。
ひとりよりもふたり。
どこかへ行くことよりも、一緒にいることが大事。
ふと、壁の時計を見ると、もう昼の11時。
「昼飯作るか」
オレがゆめを抱えるようにして立ち上がると、タイミングをはかったかのように、ゆめの腹から、ぐー、というマヌケな音が聞こえた。
*
「知ってる? 今日は七夕なんだよ」
それは先月に終わっただろ?
鍋で麺をゆがいているオレの横で、あぶなっかしくキュウリを切っているゆめが言った。今日の昼飯は、冷やし中華だ。
今年もやっぱり雨だったけど。ゆめもオレもなんだかんだと忙しくしていて、今年の七夕はスルーしたなあ。といっても、ここ数年は特になにをするでもないけどさ。
ゆめが小学生の頃は、近所の植木屋で笹をわけてもらって、短冊に願い事を書いて、川に流す、とちゃんと七夕を満喫していた。
「それも七夕だけど、月遅れで八月にもやるんだって」
ああ、そうだっけ。北海道とかだよな、それ。
そうそう、とゆめが相槌をうつ。
「雨が降ったら願いは叶わない。晴れたら願いは叶う」
なにそれ、とオレの言葉にゆめが首をかしげた。
ん? とオレは首をかしげ返す。
「知らないか? 晴れたら、織姫と彦星は会えないんだぜ。逢引するにも他人の目がありすぎて、気になるってな」
だから、暇つぶしに願いを叶えてくれるんだそうだ。
「じゃあ、雨が降ったら?」
答えなんか判っているだろうに、律儀にゆめが訊いてきたので、オレも律儀に答えた。
「逢引に忙しくて、他人の願いなんて叶えてる暇なんかないってさ」
ヘンなの、とゆめが笑った。
「じゃあ、今日は願いが叶わない?」
この話でいくと、確かにそうだな。
梅雨はもうとっくに明けて、セミがやかましくなる夏本番な天気が、ここ1週間続いていた。今日は、その晴れにバランスをとるようにざざ降りだ。
さぞや織姫と彦星は、1年に一度の逢瀬を楽しんでいることだろう。
「でも、やっぱり」
ゆめが言った。何が言いたいのか判って、オレは笑った。
他人の恋路に願をかける、なんてナンセンスなことはしないけれど、少しだけ思いを馳せて、
「「願い事、なんにする?」」
まったく同じタイミングで、オレとゆめが言った。
こんなところまで、ふたりごと。
きっと願いも、ふたりごと。
end