不敵な美人・続
ただいま、と声が聞こえて、心臓がぎゅうっと縮んだのが自分でも判った。
でも、イヤなことは、怖いことは早めに済ませてしまった方がいい。謝るんなら、一番最初にしちゃった方が絶対にいい。後になればなるほど言い出せなくなるんだから。
膝を抱えて座っていたソファから立ち上がる。
玄関へのドアを開けようとして、向こうから開いて慌てて手を引っ込めた。ドアを開けたすぐ前にあたしがいたことに、三哉兄ちゃんはびっくりしたようだ。それからもう一度ただいまと言った。
「お、おかえりなさい」
どもってしまった。三兄がおかしそうに笑い顔になって、あたしの頭に手を伸ばした。びくっ、と首を竦ませたけど、三兄はおかまいなしにあたしの頭を撫でた。びっくりした。撫でてくれるなんて思わなかった。
殴られるとかもちろん思ってなかったけど、怒っているだろう相手が手を上げたら、何かされるんじゃないか、って思う。
そう。
三哉兄ちゃんは怒ってる。
そのはずだ。
今日、あたしは三兄の大学の学園祭に行った。三兄に黙って。
三兄の通ってる大学が見てみたかったし、こっそり遠くから姿が見られたらそれだけで嬉しいと思って、水嶋さんと一緒に行った。
探そう、とは少しは思っていたけど、見つけてやろうなんて思ってなかった。
だって、三哉兄ちゃんは、あたしに来て欲しくなかったんだから。こっそり行ってこっそり帰ってくるつもりだったのに、三兄を見つけちゃって、あたしを見つけられちゃって、サークルの人たちの前で恥をかかせてしまったんだ。
怒ってる。怒ってないはずがない。
謝らなきゃ。
ごめんなさい。
思って、うつむかせていた顔をあげた。
そうしたら、タイミングを見計らったみたいに、今日何食べたい? と訊かれて、つばを飲み込む。答えを返そうとした口唇を引き結んで、もう一度心の中でつぶやく。ごめんなさい。言わなきゃ、早く。ごめんなさい。ごめんなさい。
心の中で何度何度ももつぶやいて、
「今日は早い、ね」
それなのに出てきたのは違う言葉だった。
「んー、ゆめが来たから、気ぃ遣われて」
カノジョ待ってるんだろ早く帰ってやれよ、と言われたんだそうだ。
時間は十八時ちょっと過ぎたところ。最近はずっと日付が変わるぐらいだったから、本当に今日は早い。早く帰ってきてくれて嬉しい。嬉しいのに。
あたしは、あたしの頭から落ちた手を追うように、またうつむいてしまった。
「ゆめ、お前何か勘違いしてるだろ」
か、勘違い? 何を?
慌てて顔をあげると、三兄が苦笑していた。ソファまで歩いていって、肘掛に座って、まだ手に持ったままだった鞄を床に下ろす。
あたしが恐る恐るその前に立つと、三哉兄ちゃんがあたしを見上げて、苦笑した。
「オレが怒った内容」
理由、ってよりも、内容、と三兄が繰り返す。
あたしは混乱して、
「学園祭に黙って行ったこと……」
違うの? と真っ直ぐは見つめられなくて、上目遣いに三兄を見た。出た声は思ったより揺れていた。
そうだけど、と三兄が苦笑を深めながら言った。
どうして笑ってくれるの?
頭を撫でてくれるの?
三兄は、怒ってないの?
戸惑っていると、
「オレが怒ったのはさ、ゆめがオレに黙って学園祭に来たことで、学園祭に来たこと自体じゃない」
意味判るな? と言われて、反射的に首を横に振ってしまった。
でも、
でも、
「だって」
急に涙が浮かんできた。感情が高ぶって、悲しくもないのに涙が溢れようとする。
「だって今まで誘ってくれなかったし、あるよ、とも教えてくれなかった」
「そりゃお前、教えたところで連れて行けるわけでなし」
三兄に即答されて、
「やっぱり連れて行きたくなかったんじゃない!」
叫ぶように言ってしまった。その拍子に涙がこぼれ落ちる。
「違うよ、落ち着けって」
三兄が、あたしの両手を取って、自分の方に引き寄せる。
「連れて行ったところでほとんど構ってやれないのが判ってるのに、誘えないだろ」
ぎゅっ、と眉根に力を込めて、
「ひとりだって大丈夫だよ」
ほとんど睨むみたいに言った。聞いた三兄が、盛大にため息をついて、
「絶対ダメ」
「なんで!」
子供じゃないよ、ひとりで行ってひとりで帰ってこれるよ!
ゆめ、と宥めるように名前を呼ばれて、
「学園祭なんだって。高校じゃなくて、大学の学園祭なんだよ」
珍しく困ったように、叱るんじゃなくて、諭すように三哉兄ちゃんが言う。
「酒飲んでる馬鹿もいるし、羽目外しすぎてる馬鹿もいるし、女の子ナンパしようとしてる馬鹿もいるし」
ぎゅう、とつかまれた手に力を込められて、それから、ふっ、と力を抜いて笑った。
「ひとりで来てたら、もっと怒ってた」
女の子二人も充分危ないけど、まあ水嶋さんとなら大丈夫だろ。
そう付け加えられて、咄嗟に、
「三兄、水嶋さんみたいなオンナノコ、スキ?」
バカだ。
バカみたいあたし。なんでこんなこと言うの。
自分でも思った。
案の定、三兄は物凄く呆れた声で、
「はあ?」
と聞き返してきた。
なんでもない、って言おうと思った。そうやって誤魔化したら、多分三兄はもう追求してこない。あたしが自分自身でバカなこと言った、って判ってたら、それで良しとしてくれるだろう。
でも、
「あたしじゃダメでも、水嶋さんならいいの?」
あたしひとりじゃダメでも、水嶋さんひとりなら、三哉兄ちゃんは学園祭に誘うの?
「お前な!」
大きな声でとがめられて、びくっと肩が竦む。
三兄のキレイな目に、あたしの怯えた顔が映った。
「何が言いたい」
さっきまで怒ってなんかなかった。帰ってきたとき、三兄はやっぱりちっとも怒ってなんかなかった。
でも今は違う。
今は、怒ってる。怒り始めている。
バカみたいバカみたい、あたしバカみたい。
もうこの場から逃げ出したいのに、三兄があたしの手をきつくつかんでいるから、逃げ出すこともできない。
一瞬だけ、水嶋さんならいいの、って思ったその一瞬だけ思ってしまった考えを、目をきつくつむって、顔をうつむかせて、喉の奥から搾り出した。もう言わずにはいられなかった。
「……水嶋さんの方が、スキ?」
バカみたい。
そんなわけない。違うって判ってるのに、どうして口に出しちゃうんだろう。
あたし、バカみたい。――違う。バカだ。
三兄は、完全に怒ってしまったようで、何も言わずにあたしの手を離して立ち上がり、そのまま台所へ行ってしまった。
*
三哉兄ちゃん、と呼びかけても、返事をしてくれない。
台所の戸口で、あたしは途方に暮れて立ち尽くした。三兄はシンクの淵に手をかけたまま動かない。返事をしてくれない背中がすごくイヤ。悲しくて苦しくて辛い。
バカなこと言ったって判ってる。でもだって、あたしはダメで水嶋さんならいいの? そんな風に思ってしまったんだ。
違うのに。
三兄に迷惑をかけたから謝らなきゃ、って本当はそれだけだったのに。
涙が後から後から出てきて、でもそんなの泣き落としみたいでイヤだから一生懸命ぬぐう。嗚咽が喉からせりあがってきて、必死にこらえるけど、やっぱりムリだ。こんな声聞かせたら、三兄を責めているみたいでイヤなのに。
三兄が背中から見ても判るぐらい、大きなため息をついた。
シンクに後ろ手をついて、ようやくこっちに向いてくれる。
「ゆめ、なんでお前、訳判んないことでオレを怒らせるんだ」
もう一度、三哉兄ちゃんが大きなため息を吐いた。体から怒りを抜こうとしているみたいに、肩まで一緒に上下した。
「水嶋さんって、お前の友達だろ、今日初めて会ったぞ」
お前が何度も話題にするから、ああこの子だな、って判っただけで、初対面だぞ、と三兄が言う。少し首を傾げて、
「それで、オレが心移りすんの? その程度なの?」
何を言ってるのか判らなくて、
「その程度、って」
聞き返すと、
「オレの信用」
硬い声で、答えが返ってきた。
ぶわっと熱いかたまりみたいな涙が急にあふれて、
「ごめんなさい」
言ってうつむいた。ようやく出せた謝りの言葉なのに、こんなの意味ない。
そしてやっぱり、
「意味も判ってないのに謝られても仕方ない」
ため息とともに言われて、もう一度ごめんなさいと、それしか言えなくて言った。
「誰かを褒めたら、それはもう心移りなのか。ゆめの友達だから褒めたのに」
ナンパに遭ってもホイホイついて行ったりしなさそうな、はっきり断ってくれそうな子じゃん、しっかりしてるんだろ、と言われて、それはその通りなのでうなずく。
「ゆめ以外の女性の名前出したら、それはもう浮気なのか」
前にもそんな感じのこと言ったな、夏前に、曽木部長に服借りたとき。
覚えてないか、と呆れた調子で言われて、首を横に振る。
覚えてる。
夏前に、三兄が大学で遅くなるって言うから差し入れを持っていったときだ。あたしがワガママをして、バカをやって用水路に落っこちて、そのときのことだ。
――おんなのヒト?
それは、
――前に付き合ってたヒト?
「そんなことで疑われてたらキリがない」
「……ごめんなさい」
何度目のごめんなさいなんだろう。ちっとも伝わらない、意味のないごめんなさいだ。
バカなのあたし。
こんなあたしは、
「も、もうキライになった?」
ドン、と音がした。三兄の拳がシンクを叩いて鳴った音だ。それが怖くて、肩を竦めた。
「あのなあ!」
「し、信用がないの、三哉兄ちゃんにじゃないよ、あたしになの」
ぎゅうっ、と肩を縮こまらせて、怖さに目を閉じて、
「カノジョの意味で三兄にスキでいてもらえる自信がないの」
バカみたい。
いつもそう。三兄にカノジョにしてもらえた、って舞い上がって、後のことなんか考えずに、考えても考えが足りずに行動して、喋って、キラわれるの当たり前なことばっかりしてる。
バカみたい。あたしバカみたい。スキになって欲しいのに、反対のことばっかしてる。途中でこれじゃダメだって気づくのに、引き返せないでやっぱりバカみたいな結果になってる。
それ以上は何も言えなくて、一生懸命涙と嗚咽を止めようとしたけど、ムダだった。いくらでも涙はあふれてくるみたい。やっぱり泣き落としだ、と自分が情けなくなる。いくつになっても、泣いてわめいたらなんとかなる、ってそう思ってる子供みたいですごくイヤだ。
怒って押し黙っていた三兄が、不意に、ゆめ、と呼んだ。
「いつからオレの顔色ばっかり伺うようになった?」
付き合うようになってからか、とすぐに自分で解答を出して、三兄がため息をつく。
恐る恐る顔を上げると、しかめっ面の三兄が自分の髪の毛をぐしゃぐしゃにかきまわしていた。あたしが顔を上げたことに気づいて、三兄があたしの目を見る。キレイな顔が、キレイな目が怒っていて、すごくキレイで、とても怖い。
「オレがゆめのこと嫌いになるわけない、って言ったの、ゆめ自身だろ」
梅雨のときだ。三兄に、『オレが嫌いか』って訊かれて、そう返したんだ。三兄があたしのことキライになるわけないことあたしは知ってるよ、同じぐらいあたしが三兄のことキライになるわけないよ、って。
そうだけど、そうじゃなくて、
どう言ったらいいんだろう、うまく言葉にできない。言葉なんか頭の中でも心の中でもぐちゃぐちゃで、その中でも判ることは、
「三哉兄ちゃん、スキ。イヤにならないで」
それだけなんだ。
言うと、目を丸くして、三兄が毒気を抜かれたように笑った。それから、ほら、と腕を広げられた。恐る恐る近づくと、腕を引かれてそのまま抱きしめられた。
頭の上で笑われて見上げると、
「いや、そんな風に不安がるの見るの、初めてだからさ」
なんだ判った、最初からそう言ってくれ、と三兄がため息じゃない息を吐いた。
「イヤにならないし、嫌いにならない。信用しろよ、もう十五年もそうなんだから」
それは判ってる。多分三兄よりも判ってる。でも、十五年間もそうだったお世話になってばっかりのあたしと、カノジョのあたしじゃ、全然違う。カノジョのあたしをずっとスキでいてもらえる自信なんかちっともないの。カノジョとしてスキになってもらうにはどうしたらいいのか、ちっとも判らないの。
まだそれか、と三兄が苦笑しながら、あたしの後ろ頭を撫でる。
「夏前の、あんときにも言っただろ。ゆめに『彼女らしいこと』をしてもらうために、付き合ってるわけじゃない」
どきん、と心臓が鳴った。三兄が優しく笑う。まるであたしのことスキって言ってるみたいな、今までの、ずっと十五年見てきた『お兄ちゃん』じゃない目で、笑う。
「ただ、ずっとオレの傍に居てくれれば、オレは、それですげえ満足」
それは本当、ずっと変わんねえから信用して。
心底参ったように言われて、ごめんなさい、と謝る。今度こそ、うん、と受け取ってもらえた。もう一度ぎゅうと抱きしめられて、三兄の胸にもう涙の止まった頬をこすりつける。この腕の中がスキでスキで仕方がない。
「学園祭、呼ばなかったのそんなに不安になったのか」
こくん、とうなずく。
「あたしじゃダメなのかな、って思った」
カノジョって紹介するにふさわしくないのかなって思ったの。
「紹介しただろ」
だって、
「……仕方なくみたいに見えた」
勢いで、行き当たりばったりでそうなっちゃったみたいに見えた。
腕の中で三哉兄ちゃんの顔をちろりと見上げると、バツが悪そうに顔をしかめて、
「見せびらかしたい性癖は持ってないからな」
確かにこんなことがなかったら、誰かに紹介なんか、まあしないよ、とぼやいた。
うん、そうだよね。三兄はそう。
そういう性格だって判ってたのに、
「今日、黙って行ってごめんなさい」
本当だよ、と三兄がぼやく。
「別に怒ってなんかなかったのに、なんで違うことでこんなに怒らせるかな」
「ごめんなさい」
心から素直に謝って、あのね、とムリヤリ三兄の腕の中で顔を上げた。首を後ろを倒すみたいにしてちょっと苦しかったけど、
「大スキ」
一生懸命言ったら、うん、と返してくれた。
三兄の背中に腕を回して、あたしもぎゅうと力をこめた。
カノジョとしてスキになってもらう方法なんてやっぱり判らなくて、あたしはホント、バカだなって思うけど、それでも三兄がスキなの。スキになって欲しくて、そんな高望みばっかりでバカみたい。
ふ、と今日ずっと疑問に思ってたことを思い出した。腕の力を緩めると、三兄もあたしを抱っこしてる腕から力を抜いてくれる。三兄を見上げて、
「あの、ね、ヘンなこと訊いてもいい?」
一瞬、三兄は押し黙って、
「さっきみたいな内容じゃないならいい」
違うよ!
むう、とむくれて、でも訊いたらまた怒らせちゃうのかもしれないって判断がつかなくなった。それでも好奇心は抑えられい。
あのね、
「三哉兄ちゃん、将来役者になるの?」
なんだそんなこと、とでも言いたげに、三兄の肩がさがる。
「ならないよ、あれは本気の遊び」
本気の遊び、だって。
ふうん、とよく判らない相槌をうつと、三兄がもう少し説明を加えてくれる。
「入学したての頃に曽木部長に引きずり込まれたの。案外面白くて続けてるけど」
やりたいことは他にあるし、と三兄が言葉を切った。その顔を見るけど、言葉の先は教えてくれなさそうだった。
やりたいことって何かな。
思ったけど、顔を見ても何も言ってくれない、ってことは教えてくれないってことだ。
今までの経験からそう判断して、もうひとつの疑問を口にする。
「曽木部長さんって」
「今日受け付けに座ってた女の人。タオルと服借りた人」
夏前のときの人は、あの人なんだ。機会があったらお礼を言わなくちゃと思っていたのに、その機会をあたしは今日潰してしまった。また、会えるかな。
言うと、
「会いたいなら、別に会わせるけど」
びっくりして三兄の顔を見ると、
「だから、別に紹介したくないわけじゃないって。見せびらかすみたいに、一々そういうことはやりたくないだけで」
まあ、今日のは見せびらかしたみたいなもんだけど、とため息とも苦笑ともつかない息を吐いた。
「そういうのさ、黙ってないで言えよ。できないことはあるだろうけど、オレにも考える余地を与えてくれ」
学園祭に興味あるなんて思わなかった、でもそうだよな、ゆめお祭り好きだよな、と三兄が納得したようにつぶやく。
お祭り、そりゃあスキだけど、行きたかったのはそれだけじゃないんだよ? 三兄の学校だから行きたいと思ってたの。あたしは学校のできごともなんでも喋るけど、三兄はそうじゃない。それは、触れて欲しくないからなんだと思ってるの。
三兄が苦笑して、
「違うよ。オレの話なんかどうでもいいと自分で思ってるからだよ」
「あたしの話は?」
「毎日ちゃんと聞いてるだろ。そういうこと」
ほら、と三兄が、シンクに寄りかかっていた体を起こす。抱っこしてくれていた腕が完全に離れてしまって、なんだか寂しい。
でも、
「さて、晩飯作るか」
言った途端、いつもの三哉兄ちゃんの顔をして、親父もそろそろ帰ってくるだろうし、とやれやれと息を吐いた。
だから、あたしも切り替えなくちゃ。いつまでも甘えていられないもん。
手伝う、と言ったら、三兄が笑って、あたしのおでこを撫でて前髪をかきあげる。
「顔洗ってからな」
きっとひどい顔をしているんだろう。はあい、と返事をする。洗面所に行こうと踵を返そうとして、肩を捕まれた。
わっ、と思わず目を閉じた。急に三哉兄ちゃんの顔が近づいてきて、あっという間に距離がなくなった。
触れた口唇が熱い。
「これからもオレの彼女って紹介すんの、ゆめだけのつもりだから」
息がかかる距離で言われて、目を開けることなんかできなかった。
でもすぐにぬくもりが離れてしまう。そろそろと目を開けても、見えるのはもう三兄の背中だけだ。冷蔵庫を開けて野菜を取り出しながら、今度から顔色伺うぐらいなら直接言うように、と釘を刺された。
うん、となんとか声を絞り出したけど、蚊の鳴くような小さな声になってしまった。
急に心の中がわーっとなって、あたしは慌てて台所から出て、洗面所に駆け込む。息をついて正面の鏡を見ると、自分の真っ赤な顔が映っていた。
うぬぼれてしまいそうだ。
三哉兄ちゃんが、ホントにあたしのことスキなんじゃないか、って。
もう何度も触れて、慣れてもいいはずの三哉兄ちゃんの口唇の感触が消えなくて、長い間あたしは洗面所から出られなかった。
end