T&T
「とりっくおあとりーと!」
言葉とともに、頭上から種類多様な包みが大量に落ちてきた。
オレは盛大にため息をつく。
ため息の理由は、大量の包みを落とされたことに対してじゃない。
こんなことをやった主が、忍者になれそうなほど足音と気配を消すのが上手くなっていることについてだ。
ここは2階でオレの部屋だぞ。階段を上ってきた音はおろか、ドアを開けられたことにさえ気づかなかった。
オレの反応が無いことに不安を覚えたのか、忍びの主がオレの顔を覗き込んできた。膝の上に開いていた雑誌を、落ちてきた包みをどかして閉じて、オレはようやく相手を見る。まだ制服のままか。
「『悪戯かお菓子か』?」
そういや、今日はハロウィンだったか。
包みを拾いあげてみると、中身はどうやらお菓子のようだ。
クッキーやらブラウニーやらキャンディーやら、色とりどりのラッピングに着飾ったお菓子たち。
「言った主が菓子を配ってどうする」
お菓子をくれないと悪戯しちゃうぞ、じゃなかったか?
呆れて言うと、お菓子を入れていたらしい紙袋をたたみながら、ゆめが笑った。
「なんだっていいじゃん。楽しいなら」
そりゃそうだけどな。
それより、
「これ、ゆめが作ったのか?」
オレが思わず指先で包みをつまんで顔から離すと、ゆめがむうっとほっぺを膨らませた。
「部長!」
ああ、家庭科部の部長さんね。
ゆめの作ったもんなんか、まだまだ食えたもんじゃないもんな。
ゆめがさらにフグのように頬を膨らませたので、その小さい顔を片手で挟んでつぶしてやる。ぷす、と空気が抜ける。
しっかし、大量だな。菓子の包みを数えてみたら10個以上にもなって、呆れを通り越して感心してしまう。全部種類が違うっていうのが、またすごい。
「お昼休みに、部長がさっきみたいにやってきたの」
部長、お菓子のお祭り大好きだから、とゆめが言った。この時期から冬が明けるぐらいまでは、家庭科部長の天下らしい。どんな天下なんだか。
ゆめがオレの横にベッドにもたれて座る。そして、何故かオレの手にあった包みを取り上げて開封し始めた。まだ床にたくさん散らばってるんだが、どうしてそれを取るのか。
「他人が持ってるのって、おいしそうに見えるじゃん」
そうね。ゆめさんはそう言って、よくオレの皿からおかずを奪いますね。
と、オレは思い出して、
「あ、待った」
ゆめの手から包みを取り上げた。ちょっと待ってろ、と言って階下へと下りる。目的のブツを抱えて戻ってくると、さっきのオレと同じ体勢のゆめが居た。ベッドに背をもたれかけさせて、膝の上に雑誌を開いて、ドアは目の前1メートルもない。どうしてそれで気づけないんだ、オレ。
ゆめが顔を上げて、オレの手の中のブツに首をかしげた。スプーンとともに渡す。
「なんで八百屋のおばさんが、やけにかぼちゃを勧めるのか、やっと理解したよ」
冬至南瓜にはまだ二ヶ月近くあるのになあ、と思いながら、安かったので一玉購入。全部かぼちゃの煮物にするのも気が引けたので、お姫さんが喜びそうなものを作っておいたのだった。
「かぼちゃプリン」
ゆめがカップの中をひとくち食べて、幸せそうに言った。
「やっぱりお菓子、もらえた」
ああ、そうだな。せっかくだから、
「じゃあ、オレも『Trick or Treat!』」
ゆめがおそるおそるといった感じでオレを見上げてくる。
「これ?」
ゆめがかぼちゃプリンをひとくちすくってみせる。オレは自分の手のカップをちょっと上げてみせる。同じもの食べてますよ、ゆめさん。
今度はゆめが部長さんの作った菓子の包み紙を差し出してくるが、オレはそれをにっこりと笑って拒否する。
さて、オレの欲しい『お菓子』はなんでしょう。
ゆめが悩むようにスプーンをくわえる。そんな風にオレを見ても無駄ですよ、ゆめさん。
付き合って半年。そろそろ判ってくれると思ってるんだけど。
ゆめはちょっと視線を惑わせた。
そして、カップを床に置いて、オレへと向き直る。ゆめは、おずおずとオレの肩へと手をやって顔を寄せてから、
「……これ?」
と、訊いてきた。
「アタリ」
意地悪く笑うと、ちょっと色づいていた頬が、真っ赤になった。
ゆめはうー、とうなって、
「目、つむって」
真っ赤な顔にうるんだ目をして、いかにも緊張してますといったゆめの顔を見ていたいんだけどな。
言うと、悪趣味、とゆめが口を尖らせて、諦めたように息を吐いた。
口唇が触れる直前まで開けられていたゆめの瞳が、触れた途端、堪えきれないように閉じられた。やっぱり恥ずかしいのかね。
触れた口唇と、ホンの1センチ目の前のゆめの顔を堪能しながら、ゆめが口唇を離すのを待つ。
ゆめからしてくることは、本当に珍しいから、ついついゆめのタイミングを楽しんでしまう。
触れたときと同じように、おずおずとゆめが口唇を離した。そして、ため息を吐く。
どうした?
「かぼちゃの味……」
くっ、とオレは思わず笑う。
そりゃそうだ。さっきまでオレたち二人してかぼちゃプリン食ってたじゃねえか。
もう、とゆめが真っ赤な顔をして言った。
「『いたずらもおかしも』になっちゃったじゃない」
『Trick&Treat!』ね。
むくれて言うのがなんだかやけに可愛く思えて、もう一度ゆめのその口唇にキスをした。
end