ベイビー・キス
実は、三哉兄ちゃんって、甘えん坊なんだと思う。
三哉兄ちゃんは、淡白な方なんだと思ってた。
ハグとかキスとか、その……えっちとか。
あたしは手を繋ぐのも抱きつくのも大好きだし、付き合う前どころか、自分自身で覚えてないちっちゃい頃から早坂家の三兄弟には力いっぱいそういうことをしていたらしい。あたしにもお年頃というものがやってきて、一人前に羞恥心なんてものを持ち始めてからは、さすがに触れる頻度は減ったけどさ。
三哉兄ちゃんはそもそも、あたしに手を繋がれることも抱きつかれることにも、迷惑そうな顔をしていた。
まあ、そのせいもあって、あたしはずっと嫌われてるんだと思い込んでいたんだけれども。
で、なんでこんなことを考えているかっていうと、
「ん……」
息を吐くためなのか吸うためなのか、自分でもよく判らないまま、口を開いた。
三哉兄ちゃんの顔が近くて、ドキドキする。最初はよく判らなくて、よく判らないことが怖くてただ三哉兄ちゃんしがみついてたけど、今は違う。違う意味で怖くて、力が抜けて仕方がなくて、三哉兄ちゃんにしがみついてる。
やっぱりそうだ。あたしは何にも判っていなかった。中学の卒業式の、誕生日のあの頃のあたしに言ってやりたい。
膝に載せてた雑誌が床にすべり落ちて、まるでそれが合図みたいに、ゆっくりと三哉兄ちゃんがあたしから離れた。頬が熱い。
「なんかこれって……アレだね」
三哉兄ちゃんのキレイな顔が、その口唇が、なに、と言葉をかたどる。
なに、って問われると困ってしまう。
大したことを言おうとしているつもりはないのだ。
ただ、あたしが思ってたよりずっと三哉兄ちゃんは、抱っこしてくれるし手を繋いでくれるしキスしてくれる。えっちは……まだだけど、いいのだ。約束をもらってるから。
その元々あたしが勝手に抱いてた淡白な三哉兄ちゃんと、今のちょっと甘えん坊な三哉兄ちゃんとのイメージのギャップがあるというか、なんだかまるで、
「赤ちゃんみたい」
思わずうつむいて言ってから、あたしはそろりと視線を上げた。
予想したとおり、やっぱり、ものすごく怪訝そうな顔を三哉兄ちゃんはしてる。バカなこと言ってるな、って思ってるんでしょう。でも、一応理由はあるのだ。
「赤ちゃんのさ、口唇に触れるものはなんでも吸っちゃう、っていうアレ」
「吸啜反射のことか?」
そんな難しい言葉は知らないけれど、
「それって、本能の行動なんでしょ?」
「そりゃあ、そうしなけりゃ赤ん坊は死んじまうしな」
「そう、それ」
その本能のハナシ。
お乳を吸わないと死んじゃうから、口に触れるものはとりあえずお乳だと思って吸ってしまうの。一生懸命お母さんにしがみついて、あんなにちっちゃいのに頑張ってる。
つい一年ちょっと前の結奈ちゃんの様子を思い出して、思っちゃったのだ。
あの結奈ちゃんの行動と、この三哉兄ちゃんの行動。
ほら、
「三哉兄ちゃん、赤ちゃんみたい」
言って、途端三哉兄ちゃんの眉間にしわが寄った。
あ、やっぱりいい気分はしないですか。そりゃそうよね。
でも、からかって言ったつもりはないんだ。どっちかって言うと、嬉しくて言ったんだけどな。
そう思ってそっぽを向いてしまった三哉兄ちゃんを見ていたら、ふいに、指で口唇を触れられた。
顔はこっちを向いてくれないまま、
「ゆめもだろ」
あたしは、多分、ものすごく嬉しそうに笑っていたと思う。だって、こんな嬉しい図星はないもの。
そう。
もうきっとあたしは、あなたのキスがなければ死んでしまうのだ。
end