ケーキ大反対!
「ダメ!」
玄関のたたきに立ちはだかって、ゆめがそう叫んだ。両腕をいっぱいに広げて、泣きそうに切羽詰った顔をしている。
オレは唖然として、財布を尻のポケットに突っ込もうとした体勢のまま固まった。
一体なんだ?
「……なにがダメなんだ?」
ゆめが勢いよく開け放ったリビングのドアからも、親父がなにごとかと顔を出している。
ゆめは一度口を開けて、そして口唇を噛み締めるようにして閉じた。言いたくない、と顔に書いてある。
「ゆめの好きな香楽堂(こうらくどう)のケーキだぞ?」
近くの商店街のケーキ屋だ。ずいぶんな老舗で、うちでホールケーキというと、香楽堂になる。少なくとも、オレの誕生日は記憶にある中ではずっと香楽堂だ。ゆめは香楽堂の生クリームたっぷりのいちごのショートケーキが好きだ。チョコレートケーキやアップルパイに毎度目移りしながらも、最終的に選ぶのは、ショートケーキ。だから、今回のクリスマスケーキもショートケーキを予約したのだが。
オレは困って、親父を見た。視線を受けた親父も、肩を竦めるだけだ。
やっぱりオレは、ゆめのことなんかちっとも理解していないんじゃないか、ってこんなとき思う。
ついさっきまで、リビングでのんびりテレビを観ていたと思ったのに、どうして今突然泣きそうなんだ。
すっかり困り果てて、すでにオレの負け確定のにらめっこを続けていたら、親父が、じゃあ、と言った。
「香楽堂のケーキは、僕が明日職場に持っていくことにするよ」
と、言った。
オレは思わず、
「はあ? うちのケーキは? クリスマスは今日だろう?」
オレはケーキはなくても構わないが、ゆめが構うんじゃないのか。
そもそもどうして、うちのケーキが親父の職場行きになるのか。うちはクリスマスケーキ禁止だっただろうか。
「今年は!」
ゆめが突然叫んだ。
「今年は、クリスマスにケーキが無くてもいいの」
尻すぼみになっていくゆめの言葉に、オレは目を丸くする。親父は何事か悟ったらしく、よいしょ、と言って立ち上がった。
「うん。じゃあ、まあ、チキンもついでに取りに行ってくるよ」
上着を羽織ってリビングから出てくると、親父がオレに向けて手を出した。さっぱり訳の判らないオレは、親父の差し出した手の意味が判らず、眉をひそめる。予約の控え、と言われて、ようやくチキンとケーキの控えを渡すと、親父はゆめの横をすり抜けて、さっさと家を出て行ってしまった。
思わず、親父の出て行った玄関の扉を見つめてしまう。
と、ゆめの顔が目に入った。そのほっとしたような泣きそうな表情に、ようやくゆめの言いたくない、だけれど言わんとしていることが判った。気がする。
「……いつになりそうだ?」
カマをかけるつもりで、そう言ってみる。
ゆめがぱっと顔をほころばせて、
「あ、明日!」
なるほど。
オレはため息をついた。
今までなかったことだから、さっぱり想像がつかなかった。
お隣りの日吉家の一人娘のゆめは、家事全般においては破滅的に不器用で、それは治しようがないんだと思っていた。オレは、思い込んでいた。他のことに関しては、基本的になんでも器用にこなすからこその思い込みだったんだと、夏、彼女が浴衣を作ったときに気づいたハズだったのに、ゆめがケーキを焼く日が来るとは思いもしなかったのだ。
「判った。待っとく」
そう言うと、ゆめがようやく笑った。
ゆめは頑張っているんだった。多分、オレのために。
クリスマスが一日ずれたぐらいでガタガタ言うなんて、男が廃るだろう?
どんなケーキが出てきたって、『おいしい』と言おうと、オレらしくもなく思った。
end