まっくらの温かさ
ぼくの名前は、早坂三哉。今、クローゼットに隠れています。
*
きゃあ、というはしゃぐ幼い声と、ばたばたと走り回る足音が、扉の向こうから聞こえてくる。ぼくは、まっくらなクローゼットの中、膝を抱えて座っている。傍にはオレンジと黒を基調にラッピングされたお菓子があるけれど、これはぼくのものじゃない。
足音が近づいてきて、僕は身構えた。
けれど、その音は扉の前を過ぎて、また遠くなる。
息を吐く。膝に顔を埋める。
学校から帰ってきて、母さんにラッピングされたお菓子を渡された。
『ゆめちゃんが見つけるまで、隠れててくれる?』
今日は10月31日。
幼稚園でハロウィンもどきをやったゆめがそれを気に入ったらしく、家でまでやると言って聞かないらしい。
ハロウィンを、鬼ごっこかかくれんぼとでも思っているのじゃないのか。
「ろりっくろりーと!」
扉の向こうの向こうから、呂律の回っていないゆめの声が聞こえた。
トリックオアトリート。
お菓子をくれなきゃいたずらしちゃうぞ!
見つかったらしい一臣兄ちゃんが笑う声が聞こえる。
ぼくの方が、もっとずっと前から隠れているのに。
コートやジャケットに埋もれて、ぼくは壁に背を預けた。
扉の隙間から、外の光りが漏れ入ってくる。外の声も、入ってくる。
笑い声が聞こえる。
その中に、ぼくはいない。
いつも。
いつもぼくは上手くその中に入れなくて、
『ゆめが可愛くないのか』
一臣兄ちゃんはそんなことを言って、
『懐いてくれないから嫌うなんて』
二葉兄ちゃんはため息を吐く。
母さんはただ困ったように笑ってぼくを見る。
ゆめは母さんにしがみついて、
『みつにいなんか、だいっきらい!』
ちり、と心臓のあたりが焦げ付いたような、その痛みに泣きたいような気分にぼくはなる。
でも、泣いてはいけないから。
ぼくが泣くと、ゆめも泣くから。
だから、なんでもない振りをして、
「……嫌いでもいいよ」
ぼくはつぶやいた。
まっくらな、狭いクローゼットの中がつぶやきで満タンになってしまうような錯覚に陥って、ぼくは目を閉じた。
*
ふと、体が重いような、それでいてあたたかいような気がして、目が覚めた。
扉の隙間から差し込んでいた光ももうなくて、結構な時間眠り込んでいたのだと思った。
体を起こそうとして、誰かが自分の上に乗っていることにようやく気づいた。その誰かもぼくと一緒に眠っていたようだ。規則正しい吐息に、眠り特有のあたたかい体。その体の小ささに、ぼくはようやくそれが『誰』なのか気づいた。
「ゆめ」
思ったより大きな声が出て、慌てて口を押さえる。
まっくらなクローゼットの中、ぼくにしがみつくようにして、ゆめが眠っている。寒いのか、ぎゅっと肩に力が入っているのに気づいて、ハンガーに掛かっているコートをひっぱって取った。それでゆめをくるんでやると、むにゃむにゃと何か言った後、起きずに眠った。
どうしてこんなところにゆめがいるのだろう。
少し背中が痛くて体を動かすと、手に何かが当たった。ラッピングされたお菓子だ。
ゆめを見る。
ぼくを見つけたなら、お菓子を持っていけばいいのに。
『ろりっくろりーと!』
一臣兄ちゃんのときみたいに叫んで、ぼくを起こしたっていいのに。
どうしてそうしなかったんだろう。
どうして、だって、ゆめはぼくのこと、
『だいっきらい!』
とんとん、と扉がノックされる。ゆめを抱えて、はい、とぼくは小さな声で返事をした。
「三哉? 起きたのね」
母さんの声とともに、扉が開かれる。
開かれた扉の向こう、部屋の中は暗い。でも、廊下のオレンジの灯りで、母さんの顔が見える。その顔が苦笑して、
「よく寝てるわね」
母さんが笑って、ゆめの頭を撫でた。そして、母さんがゆめがコートにくるまっているのに気づいたことに、ぼくは、ごめんなさい、と謝った。だって、これは母さんのコートなのだ。けれど母さんは笑って、ゆめのときみたいにぼくの頭を撫でた。
「三哉にはお菓子あげていなかったもの。いたずらされちゃっても仕方ないわね」
ぼくは母さんの顔を見る。
お菓子をくれなきゃいたずらしちゃうぞ!
今日は、そういう日だ。
じゃあ、ゆめがぼくの上で寝ているのはいたずらなのだろうか。
そうなのかもしれない。
でも、
「ぼくは、いたずらされても、お菓子もあげる」
ゆめを抱えて、言った。
だって、これがいたずらでも、まっくらなクローゼットの中のぼくを見つけて一緒にいてくれて――あたたかくて。
「そうね。じゃあ、母さんも、三哉にお菓子あげる。だから出ておいで」
言われて、ぼくは少し考えて首を横に振った。
「ぼくはまだいたずらを続けるから、ぼくの分はゆめにあげて」
「いたずら?」
うん、と僕はうなずいた。
「ゆめが起きるまでここにいる。母さんの言うこと聞かないから――いたずら」
母さんは目を丸くして、苦笑した。そして、ぼくの頭を撫でて立ち上がって部屋を出て行った。
そうっとクローゼットの扉を閉めると、またまっくらになった。
でも、今度はそれでも構わない。
まっくらでも、腕の中にあたたかいものがあるから。
end